「お母さん、ちゃんと仕事した?」
冬休み明けの1月上旬。
バスケットボール部の練習から帰宅した県央の中学2年、
「うん。きょうは2時間くらいかな」
平屋の借家で暮らす母子家庭。一家を支える母親のひろみさん(39)が笑顔でこたえた。
「そっか。よかった」
素っ気ない返事をしながら、ほっと胸をなで下ろす。
「仕事」とは、勤務のことではなく「寝る」こと。日中に2時間、昼寝をしたという意味だ。
ひろみさんは心身ともに調子を崩し、2013年7月に仕事を辞めた。月7、8万円程度の傷病手当が生活の糧だ。
2年間、昼の薬卸会社の仕事と、夜の運転の仕事を掛け持ちし、働き詰めの日々を送っていた。
日課になった「仕事した?」の問い掛けは、母への思いやり。祐汰君はそんなやりとりが「うれしい」と感じる。
「お母さんが家にいると安心するから」
◇ ◇ ◇

仕事を掛け持ちしていたころ、ひろみさんが合間に用意した夕食を、兄妹3人だけで食べていた。
時折、忙しさから準備されないこともあった。そんな時はお兄ちゃんの祐汰君の出番。
「チャーハンがいい」「オムライスにしてよ」。小学生の弟(11)と妹(8)からリクエストが飛ぶ。
「ちょっと待ってて」。冷蔵庫の中を見回しては、そこにある物で作る。
料理の腕に自信はないが、弟と妹は決まって「おいしい」と言ってくれる。
おなかを満たした後はお風呂。そうしたら、弟と妹を寝かしつける。
自分が父親代わり。
弟はいつも、寂しさをかき消すように、もの分かりよく布団をかぶった。
反対に妹は小さな手のひらにペットのハムスターを乗せ、「お母さんを待ってる」と寝ようとしなかった。
◇ ◇ ◇
祐汰君には週2回、部活動の「朝練」がある。
「起きるのがつらくなる」と思っても、ひろみさんの帰りを確認せずにいられない。弟たちが寝静まってから1人、待つ。静かな時間が苦しいからテレビはつけたままにした。
子どもだけの夜の不安。そんな中で意欲は揺らぐ。勉強が手に付かない。
学校の成績は下降線をたどっていた。待つ間に勉強すればいいのは分かっている。焦ってもいた。
午前0時を回り、疲れ果てた様子のひろみさんが帰宅した。
◇ ◇ ◇
いまの社会で大半の人が持っている物や教育などの機会を得られない「相対的貧困」。お金がないことだけでなく、不安を増幅させ、さまざまな意欲を奪うことにも影響していく。育つ力である意欲が失われると、自立して生きていくことすら、危うくなりかねない。当たり前であるはずの「育つこと・生きること」。第2章は、その難しさに直面する子どもの姿を追う。