
喫茶店で働くうち、見えてきたことがある。
2013年秋。県北の自宅の一室。
「どんなことをしたい?」。母香織さん(38)が次男亮太君(16)に語り掛ける。
「裏方の仕事がいい。皿洗いみたいな」
生活が困窮する兄弟3人の母子家庭。子どもが家にこもっていたころ、亮太君にやりたいことを尋ねても、「分からない」と答えるだけだった。
そんな亮太君の意思表示だ。
その半年前の春。
「社会に出よう」
自治体の相談員村上京子さん(61)は、中学校を卒業した亮太君を喫茶店の仕事につないだ。
週3日、店で接客したり、皿を洗ったり。
「何にしますか?」
人と話すことが苦手な亮太君が、注文も取る。
店で働く年配の女性たちから、かわいがられ、会話を交わせるようになっていく。
外に出たがらなかったのに、店まで1人で歩いて通えるようになった。
「声も大きくなり、顔色もよくなった」。村上さんはそう感じた。
◇ ◇ ◇
中3の時から始まった村上さんのアプローチ。
最初にすすめたのが自治体の適応指導教室だ。
子どもへの対応が分からず動けなかった母も協力する。
亮太君は母が車で送迎すれば行けるようになり、3学期には1週間続けて通えた。
高校の通信制に進学できた。登校は週1回。外出が減ってしまう。
「後戻りさせたくない」。村上さんが思い立ったのが、喫茶店の仕事だった。
いまは、母が見つけてきたスーパーの裏方のアルバイトをしている。
◇ ◇ ◇
兄弟は外に出る経験を重ねている。
3月下旬。支援団体が行う学習支援の教室に通う長男大貴君(18)。記者は心境を尋ねてみた。
「ちゃんと学校に行ってれば、いまよりましだったかも…」と大貴君。
後日、その気持ちを香織さんに伝えると、目からは涙があふれた。「子どもたちには、もっと可能性があったのかもしれない」
香織さんにはパートの仕事が見つかり、暮らしは少しだけよくなった。
それでも、中2の三男(13)は、まだ人と目を合わせられない。
香織さんはこんな思いになる。「もっと早く誰かに相談していれば…」
(文中仮名)