
2011年冬。県央の中学2年、祐汰君(14)は小学校卒業を控えていた。ランドセルを下ろし、春から詰め襟の学生服を着る。
うれしいはずのわが子の成長を手放しで喜べない。母親のひろみさん(39)は気がめいった。
制服、体操着、靴…。買いそろえると10万円はいる。「お金が足りない」
ひろみさんは薬卸会社で働き1人で家計を支えていた。
障害のある足に、立ち仕事はこたえる。月12、13万円の限られた収入で、祐汰君や弟(11)、妹(8)との暮らしをやりくりする。
どうすればいい? お金の調達に思いを巡らせた。
生活困窮家庭の子どもに給食費などが支給される「就学援助」。申請から支給までに時間がかかり、入学に間に合いそうもない。
離婚した父親からの養育費は滞っている。用立ては難しい。
昼の仕事に加え、夜も働くことに決めた。
◇ ◇ ◇
見つけた仕事は運転代行の運転手。勤務は朝方まで続き、夜、子どもたちと一緒にいられなくなる。
「でも、制服を買わないわけにはいかない」。選びようがなかった。
「祐汰、弟と妹の面倒をお願い」
「なんで?」
祐汰君の不安は膨らんだ。母親のいない夜、弟や妹が熱を出したら、泣き続けたら…。何より寂しい。
「お金が厳しいんだよな」。何となく事情を察し、渋々うなずいた。
その後、ひろみさんは別の運転業務に移ったが、勤務は深夜に及ぶ。
この頃から、祐汰君は物を欲しがらなくなる。
誕生日のプレゼントはない。部活で使うバスケットシューズも穴が空いたまま使い続けている。お正月もお年玉はなかった。
「欲しいとは思わない」
◇ ◇ ◇
ひろみさんは、言葉とは裏腹な祐汰君の胸の内を感じていた。
欲しい気持ちはあるだろう。後先を考えず買うだけならできる。「そこにお金を使うなら、祐汰たちの進学費用に充てたい」
ひろみさんが昼夜働き始めてから、1年半以上がたった13年夏。
笑わず、押し黙り、怒りっぽくなったお母さん。祐汰君の目にそう映った。
「仕事を辞める」
ある日、ひろみさんが切り出した。
「やったぁ。夜、家にいるんだよね」。無邪気に喜ぶ妹。
祐汰君はホッとした。「もう限界。休んだ方がいい」と感じていた。