
英国・イングランド東部ハートフォードシャーのアシュバレー児童センター。低所得者が多い地区だ。
5月14日。小学校の敷地に隣接したその小さな平屋を訪ねた。
日が差し込む一室。よちよち歩きの幼子と親が、音楽のリズムに合わせて体を動かす。インストラクターの女性は手をたたいたり、はねたりしてみせる。
経済的困窮などによって、生活に追われ、子どもの養育がままならない家庭は多い。子育ての方法を伝え、子どもの発達を促すプログラムだ。
就学前の5歳未満の子どもと保護者を対象とするセンターは、5人のスタッフで家庭を丸ごと支援する。
掲示板には求人情報が張られ、保護者の就労も後押ししている。「親が面接に行く時、子どもを預かることもあります」とリーダーのサム・スタンプさん(45)。
自宅を訪問して、借金やドメスティックバイオレンス(DV)に対応することもあり、必要に応じて警察や医療機関など専門機関にもつなぐ。
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子どもの貧困対策が一気に動きだしたのは、1999年春。
「われわれの世代で子どもの貧困をなくす」
労働党のトニー・ブレア首相(当時)が講演で発表した。
「ブレア宣言」だ。
推し進められた看板事業の一つが児童センター。現在は貧困地区を中心に3千カ所以上に設置されている。
日本では、就学前の子どもを預かる保育所は整備されているが、英国とは異なり、「貧困」を強く意識して親まで含めて家庭を支援する発想は乏しい。
そうした育児や就労などの支援と合わせて、子育て家庭への現金給付も拡充された。
子どもの貧困について調査研究や啓発に取り組むロンドンの民間団体、チャイルド・ポバティ・アクション・グループ(CPAG)は、16歳未満の子ども全員を対象にした児童手当額の引き上げや、低所得者向けに現金を給付する独自の「タックス・クレジット」の創設を高く評価する。
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英国の子どもの貧困率は2010年までの10年あまりで約10ポイント減少し、17%に下がった。
およそ110万人の子どもが貧困から抜け出したことになる。
アシュバレー児童センター。
11カ月の末っ子とリズム体操に参加した母親シェリル・ニコラスさん(32)の子どもは4人。「家計が大変では?」と尋ねると、ニコラスさんは事もなげにこう言った。
「特に問題はないわ」
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英国はかつて、日本と同じように規制緩和などの経済政策で格差が広がり、「子どもの貧困率」が先進諸国で最悪の水準にあった。子どもの貧困「撲滅」を掲げた「ブレア宣言」以降の政策はどれだけの成果を挙げたのか。今、直面する課題は。これから対策に取り組む日本は何を学ぶべきなのか。5月、英国を訪ねて子どもの貧困問題に取り組む人々を取材した。