
交換したノートは10冊を超える。
「あのころ楽しかったなあ」。1月末深夜、宇都宮市内の借家。定時制高校の授業を終え戻った未来さん(20)は、うれしそうにページをめくった。
交換の相手は前に通っていた全日制私立高校での担任、真田守先生(38)。いまも連絡を取り合う。
5年前、その高校へ進学した。数十万円の入学金は困窮する母だけでは用意できず、親類に頼った。
中学校では友だちの輪に入れず、学校に行けなくなった。孤立した。
高校では大丈夫かな。
不安を抱えて入学。担任になったのが真田先生だ。
◇ ◇ ◇
未来さんを受け持ってすぐ、真田先生は「何か悩みがある」と感じた。
近寄って来るのに何も言わない。「相談に乗るぞ」と声を掛けても、胸の内は口にしない。
それならば、とノートの交換を始めた。
「学校はどうだ?」
「迷惑をかけないようにがんばります」
日々のやりとり。好きなアイドル、食べ物、クラスメートと仲よくなれた、初めて愛称で呼ばれた…。
文面には、周囲から好かれていることを喜び、学校を楽しんでいる姿がつづられていた。
「きのう母と、ちょっとけんかしちゃって」
ある時、いつもとニュアンスの違うフレーズに目が止まった。唐突に書かれている。
やはり、つらいことを聞いてほしいんじゃないか。
「無理しないで」「自分らしく」。その都度、エールを送った。
未来さんは、ノートの返事が何より楽しみだった。
月1万円の学費を滞納した時は、授業を受けられなくなる。保健室や図書室にぽつんといると、真田先生が声を掛けてくれた。
一番の味方だった。
ところが、2年生の終わり、真田先生は家の事情で学校を退職してしまう。
「お金は」
未来さんは学年主任から直接、学費支払いを迫られるようになる。学校で顔を合わせるたび、友だちの前でも呼び止められる。
嫌で嫌で仕方がない。
味方は、もういない。
3年生になり、仲よしの子がクラスにいなくなると、学校に行かなくなった。
ピンポーン、ピンポーン。学年主任と担任がふいに自宅を訪れた。大きな声で高校名を名乗りながら、呼び鈴を押し続ける。
数カ月分滞納した学費。母は部屋で声を潜め、未来さんはヘッドホンを付けて布団にもぐりこむ。
「借金取り立てみたい」。払えるお金はなかった。
もう限界。中退した。卒業まで半年だった。
(文中仮名)