
「塾に行きたいんだ…」
2013年4月。新学期が始まり県央の中学2年、祐汰君(14)が、仕事を終え帰宅した母親のひろみさん(39)に切り出した。
「無理っ」
短い返答。交渉の余地はなさそうだ。
ほとんどの友だちが塾に通っていた。でも家計の苦しさが分かっていたから、「それもそうだよな」と心の中で自分を納得させた。
ひろみさんも「行かせてあげたい」と思うが、経済的に難しい。祐汰君が駄々をこねないことが分かる分、後ろめたさが残った。
祐汰君と弟(11)、妹(8)の子ども3人の家には、2段ベッドの脇に勉強机が一つある。引っ越して来た時、大家さんが「お古だけど」とくれたものだ。
ひろみさんが仕事を掛け持ちし、夜に家を空けるようになってから、祐汰君が机を使う時間は減った。
親がいない夜の漠然とした不安。教科書を広げても、勉強が手につかない。
中学入学時は真ん中くらいだった成績は、下から数えた方が早くなった。
分からないとイライラして、どんどんやる気がなくなる。「勉強が難しい」と感じるようになった。
友だちから「私立高校はたくさんお金がかかる」と聞いた。相づちを打ちながら、「絶対に自分には無理だな」と感じた。
小学生の頃に抱いていた「ゲームを作る人になりたい」という夢も、「無理かな」と思い始めている。
7月、体調を崩したひろみさんが仕事を辞め、家にいるようになった。ある日、祐汰君に話しかけた。
「いいところあるんだけど、行く?」
聞けば、1回200円でボランティアの人たちが勉強を教えてくれる場所があるという。
「行くっ」
今度は、祐汰君が即答した。月2回。部活動と重なり通える機会はごくわずかだが、うれしかった。
これまでも学校の先生や友だちに教えてもらっていた。その場では理解したような気になるが、結局分からなくなってしまう。
「自分のペースで教えてもらえるから分かりやすい」。何より、分かると思えるとやる気が出てくる。
母親のひろみさんが働き出せば、また子どもだけの夜が来るかもしれない。経済的に厳しい状況も続くが、今は夜、父親代わりでなく子どもでいられる。
「県立高校に行きたい」。成績はまだ上向かず、焦る気持は変わらない。
先は見通せない。でも「頑張れそうな気がする」。そう感じてもいる。