随筆

1位 春の日の花と輝く 園部美代子(真岡)

 何げなくつけたラジオから、ある曲が流れてきた。アイルランド民謡の「春の日の花と輝く」。聴いた瞬間、懐かしさと甘酸っぱさとボヤッとした不安などが入り交じった高校時代が蘇ってきた。

 希望に溢れて入学した高校の音楽の教科書第1ページ目にあったのがこの歌だった。賛美歌風の哀愁のある美しいメロディー以上に惹かれたのが歌詞だった。

 春の日の花と輝くうるわしの姿の

 いつしかにあせてうつろう世の冬はくると も

 我が心は変わる日なく御身をば慕いて

 愛はなお緑色濃く我が胸に生くべし

(坪内敬三訳詞)

 2番の歌詞の「されど面(おも)あせても」の意味を、ほほえみながら教えてくれたのは美人音楽教師のN先生だった。

 「面はね、年をとると誰でも老けちゃうでしょ、そういうことね」

 「それでも、なお若い日と同じように君を愛し続けるよ、と続くのね。原詩には、月日はあなたをより愛しくさせるだけなのですね、とあるわ。皆さんも将来こういう恋愛や結婚ができるといいわね」

 その時の音楽教師のやけに紅い口紅の色はなぜか鮮明におぼえている。

 ところが、現実はドラマのような訳にはいかない。高校、短大と女子だけの学生生活には、そんなチャンスもなければ、平凡な容姿ゆえ告白されることもない。普通に東京で就職し、年頃になり田舎に帰り、お見合いで結婚。「この人、悪い人ではなさそうだな」で決めて、アッという間に三十数年たった。

 思うようにいかないことも多くあったが、姑・祖母・舅を無事に見送り、実家の父母も見送り、一通りの役目ははたせたと思う。

 想定外は、10年ほど前の私の病気だった。風邪もめったにひかないくらい元気だった私が、血液系のちょっと厄介な病気になってしまったのだ。細々とやっていたお店も閉めて治療に専念、寛解の状態にはなった。でも、この病気は、なかなか手強く、再発が数年ごとにあり、そのたびに新しい薬で対処していくといういたちごっこ。なかなか終わりは見えない状態だ。おまけに、股関節や膝関節がポンコツになり、かなり不様な姿で歩くようになってしまった。

 まさに「面あせる」状態の私。なのに、何か訳のわからない不安ばかりあった高校時代より今の方が、はるかに楽なのだ。病気になり、つくづくと思い知ったことがたくさんあるのだ。

 例えば、主人の優しさとか思いやりとか。それがあたり前だと思っていたから、感じとれなかったのだが、おだやかな春の光のような陽ざしを全身に受けている安心感は何ものにも代えられないものだ。

 また、友達のありがたさも本当に沁みた。私が入院するや、自分もすぐ手術する身でありながら、病院にきて励ましてくれた友。車を運転してきたのだが、途中途中コンビニで駐車して休みながらきてくれたのだ。手先の感覚が麻痺しているのに、一生懸命手作りのちょっと歪(いびつ)なおまんじゅうを携えて…。そして退院の日には、朝早くお祝いの赤飯を、自宅の主人の元に届けてくれた。そういう友人たちに恵まれているありがたさも、改めて知らされた。

 私の学生時代の一番の悩みは、人間関係がうまく築けないことだった。わからないまま必死で生きてきて、それが「面あせてから」いつのまにか築けていた人間関係。それを、ハッキリと感じとれる喜びは何ものにも代えがたいのだ。

 「春の日の花と輝く」の歌詞に憧れた日、胸のたかなりを覚えた日から、もう半世紀近く経ってしまった。あの原詩のように「月日は、あなたを愛しくさせ」る存在になっているのだろうか。自信はあまりない。

 これからもいろいろな試練はあるだろうが私がしてもらったように、少しでも、家族や友人や関わる全ての人に対して、できうる限りの優しさをあげなければ、と思う。

 ラジオから流れてきた曲と晩秋のゆるい陽ざしが、私を少しだけ秋思にひたらせた。