2位 悪態祭り 島田トミ子(宇都宮)

 60年余り前のことである。

 父方の実家を継いでいた父の長兄は、穏やかで博識家に見えた。その妻である伯母は、非常に働きもので派手さはないが、誠実な感じがした。私はそんな伯母が大好きだった。

 わが家は、伯父宅から2キロメートルくらいのところにあったため、伯父と父はよく酒を酌み交わしながら世間話をしていた。だが、10歳の私には、わからない話があった。

 「うちのおっかあは、悪態祭りに出られるぞ」

 伯父はよくそんなことを言っていた。

 酔ってしゃべっている伯父に対して、父も母もただ笑っているだけで、いつも聞き流している。

 アクタイのお祭り? 何だろう。アクというからには悪魔か鬼のお祭りか? 

 悪態祭りは、私には意味不明の祭りとして脳裏の奥に焼き付き、怖いようなちょっとミステリアスな雰囲気を残したまま長い時間が過ぎ、いつのまにか頭の中から消えていた。伯父夫婦も私の両親も、すでにいない。

 令和になって、9月のある日、偶然ラジオから流れてきたアナウンサーの言葉に耳が釘付けになった。

 「次は、茨城県笠間市にある愛宕神社の『悪態祭り』です」

 『ばかやろう、ばかやろう、この大ばか野郎!』

 「これは祭りのクライマックス、『ばかやろう三唱』です」と結んでいた。

 ばかやろう三唱なんて初耳だった 私は、万歳三唱しか知らない。ええーっ、悪態祭り? 60年以前に聞いたあの悪態祭りのことか、それが本当にあったとは。どんな祭りなのだろう。思わぬ衝撃を受けた途端にあの頃の疑問が再び甦ってきて気になりだした。

 一日でも早くその神社へ行くべきだと、何かが私の背中を押している。ネットで調べた。

 笠間市泉にある愛宕神社とその裏側の飯綱神社が奇祭祭りの本拠地。愛宕山の十三天狗を祀っていて、天狗の神社、防火の守り神としても有名らしい。12月第3日曜日が祭事の日で、13人の氏子が天狗に扮し無言で供物を奉りながら山頂を目指す。参拝者は、この天狗が持つ縁起物の供物を奪うために、遠慮なく最大の悪態を言い合いながら争奪戦が繰り広げられる。元々は、領主と領民の間で行われたのが始まり、とある。

 心は決まった、よし行ってみよう。

 11月に入り、雲一つない絶好の日よりが来た。晩秋の陽差しをたっぷり浴びながら車を走らせた。

 愛宕神社は青銅の屋根をしつらい、愛宕山の頂上近くにあった。真っ青な空を背景にして、杉の木立の中にどっしりと構えている。境内の空気には湿気が感じられ、街の中の喧噪を忘れさせてくれた。

 お賽銭箱が何カ所にも置いてある。1カ所目では、硬貨を投げ入れて拝礼し手を打った。本殿の周辺には多くの階段と坂道があって、脚の悪い私に容赦なく迫ってくる。見知らぬ方が手を貸してくれた。

 天狗ゆかりの飯綱神社は、ちょうど改装期間中で、工事用の幕が張りめぐらされていたため神社の屋内を見ることができなかった。その後ゆっくりと、本殿の前に回り神妙な顔をして立った。

 日々の生活の中で溜まった心の垢をそぎ落としていこうと眼を閉じた。不平不満も諍いも、いろいろある。悪態の言葉と一緒にあのこともこのこともここへ置いていっていいのか。

 突然、私の中のもう一人の自分がささやいてきた。

 〈待て、少し落ち着いて考えてみろ。好きなこともどうにかやっているではないか。あまり欲張るな〉

 閉じている眼の奥に伯父と伯母の笑っている顔も浮かんできた。

 「悪態祭りは分かったかい?」

 当時、40代の伯父と伯母の会話も、伯母の悪態とやらも夫婦の二人にしか分からないことだ。

 それにしても、伯父はあのころすでに、悪態祭りがこの神社の祭事としてやられていたことを知っていたに違いない。

 奥から、葉うちわを持った天狗の声が聞こえてきそうだった。

 「こら! 少ないお賽銭で、むしの良い願い事や悪態を置いていく気か。この欲張りババア、もっと、置いていけ」

 柏手を打ちながら、私の顔が少し緩んだ。迷わず、本殿の賽銭箱には二つに折った紙幣を入れた。