ずっと気になっていた。広島市が広島城(中区)付近や平和大通り(同)などに設置している観光案内板のフォント。おどろおどろしいイメージで「コレジャナイ感」が拭えない。違和感の正体を探ってみた。
「怖い」「クセがすごい」「どうしてこれをチョイスしたのか!!」。多くはないが、交流サイト(SNS)には観光客とみられる人たちのモヤモヤがつづられている。
視覚造形に詳しい広島市立大の納島正弘教授(62)に見てもらった。使われていたのは「淡古印(たんこいん)」。1979年に隷書をベースに考案された書体だ。「文字の線がところどころ途切れ、経年劣化したようにも見えるのが恐怖心を与え、ホラーやスリラー映画にもよく使われます」と教えてくれた。
なぜ市はこのフォントを選んだのか。市観光政策部おもてなし推進担当の藤本純課長は、総合サイン計画に基づいて89年度以降、観光案内板に統一性を持たせたと説明する。歴史や文化が薫る場所を対象に「趣や優美さを演出しようと、雰囲気あるこの書体を選んだのだろう」と推し量る。
識者は「読みにくくて適さない」
市が歩道に埋め込んだ「平和の道」「文化の道」のプレートにも使われている。一方、納島教授は「読みにくく、案内板には適さない」と冷ややかにみる。
取材を進めるうち、ヒントの詰まった本に出合った。文筆家正木香子さん(42)=東京都=の「本を読む人のための書体入門」。同書によると、淡古印は人気漫画「ドラゴンボール」で悪役のせりふなどに使われ、認知度が高まったらしい。
正木さんは「表札や屋号などへの使用を想定して作られた書体なのに、90年代前半にはホラーイメージが先行するようになった」と解説する。90年開始のテレビドラマシリーズ「世にも奇妙な物語」に使われた淡古印風のタイトルロゴも、印象を強めたという。
世代によって違う印象も
記者が感じたおどろおどろしさは漫画やテレビの影響だったのか-。記者の母(60)は、淡古印に「ふにゃふにゃしててかわいい」と好感を持っていた。世代で印象が違っても不思議はない。
フォントが悪いわけじゃない。そう思うと、愛着が湧いてきた。ところが、市内にある淡古印の案内板は急激に減っているという。
市は昨冬以降、ことし5月の先進7カ国首脳会議(G7サミット)に向け、案内板約180基のうち96基を改修。市中心部にあった淡古印の案内板の大半をユニバーサルデザイン(UD)フォントに変えた。今後も順次、改修するという。
誰でも見やすく、読みやすいUDフォントになるのは歓迎すべきだろう。一方で、個性的な書体が見られなくなるのは惜しい気もする。「フォントは情感を伝え、時代を映す鏡にもなる」と納島教授。今のうちにしっかり味わっておきたい。(中国新聞)