宇都宮市内の大谷石蔵を活用した事例。コンクリートの臥梁(がりょう)を回すことで災害から守りつつ、飲食店として活用している(大谷石文化学ホームページより)

移築前の旧大谷公会堂。地域の大谷石建造物の技術を用い、装飾には当時の中央のデザインの動向を取り入れている

大嶽陽徳助教

宇都宮市内の大谷石蔵を活用した事例。コンクリートの臥梁(がりょう)を回すことで災害から守りつつ、飲食店として活用している(大谷石文化学ホームページより) 移築前の旧大谷公会堂。地域の大谷石建造物の技術を用い、装飾には当時の中央のデザインの動向を取り入れている 大嶽陽徳助教

 ひとたび災害が発生すると人命救助や復興支援、インフラ整備に注目しがちだが、地域の歴史や文化を継承するための文化財保全や防災対策も急がれている。国や県、市町指定の文化財に限らず地域にある貴重な文化財を災害から守り、後世に生かすための取り組みと課題を学ぶ。

 近年、文化財、特に有形の建造物について、防災という観点がますます重要になってきています。これまでは、長い年月をかけて人々の文化的活動の記憶が刻まれた建造物を、その価値を損なうことなく次世代へ伝えていくために、調査・研究に基づいて、文化財保護法の基、保存修理や火災対策を補助することで守ってきました。

 しかしながら、近年の東日本大震災、熊本地震などの災害の経験から、地震や豪雨などの災害の影響を受けやすい建造物は、そうした取り組みだけでなく、災害から積極的に守るための取り組みが重要になっています。国家的なレベルの建造物について考えることはもちろん重要ですが、地域防災という観点からすると、私たちの身の回りにある地域に根差した文化的活動によって生み出された建造物をいかに災害から守るかということが重要ではないでしょうか。

 本県には、大正末期から昭和初期にかけて地域に根ざして活動した建築家が設計した建造物が残っています。現在、宇都宮市の大谷地区で解体移築中の旧大谷公会堂(1928年、更田時蔵(ふけたときぞう)設計)はその一例で、当時の中央の構造に関する技術基準を積極的に取り入れながらも、大谷石壁面については地域の大谷石建造物の技術に根差して設計されていることが刻まれた重要な建造物です。

 解体移築の際には、こうした価値が現れている大谷石の壁面や装飾柱に技術的な補強を施し、地震災害から事前に建造物を守る取り組みを実施しています。

 他にも、県内には大谷地区で産出される凝灰岩の大谷石を用いた建造物も多く残っています。その多くは蔵や納屋で小さな建造物で、文化財の指定や登録がなされていませんが、大谷地区で産出される大谷石とそれを用いた文化的活動の記憶が刻まれた貴重な建造物です。大谷石建造物を使いながら、災害から守っていくために、宇都宮市とともに構造補強のガイドラインを策定するなどの取り組みも行っています。

 こうした取り組みで重要なことは、筆者ら専門家は、専門的な意見は言えるものの、その文化財を災害からどのように守って伝えていくかを決めるのは、地域の人びとであるという点です。

 文化財を次世代へ伝えていく方法は、建造物そのものを残すという方法だけでなく、写真や図面などで記録として伝えていく方法などもあり、地域の人々が建造物やそれを取り巻く状況に応じて柔軟に決めていくべきものです。本稿も文化財を災害から守り次世代へ伝えるために考えるきっかけになればと思います。

 大嶽陽徳助教 宇都宮大地域デザイン科学部助教。専門は建築意匠、建築史。近現代の建築をめぐるさまざまな主題や概念に関する建築家の言説の意味の広がりや、近現代の地域の建築家の創作活動を研究。これからの建築デザインの新しい地平を切り開く設計論理や設計主題を探求している。