東日本大震災から3月11日で10年を迎える。10年前のあのとき、私たちはどんな体験をし、何を感じたのか―。当時の下野新聞を読み返した。

 街から明かりが消えた。2011年3月15日、県内で初めて「計画停電」が実施された。翌16日には夜間で初めて実施され、宇都宮市内などでは暗闇の中、車のライトだけが周囲を照らした。

計画停電で街の灯が消えた市街地=2011年3月16日午後6時50分、宇都宮市西川田南2丁目

 東日本大震災の影響で電力供給が大幅に不足するとして、東京電力が計画停電を発表したのは震災から2日後。一般病院すら例外ではなく、計画停電の打ち切りが発表された4月8日まで、停電時間をにらみながらの診療や検査、手術が続いた。

計画停電の区割りを伝える2011年3月15日付下野新聞

 ガソリンスタンドの沿道には車の長い列ができた。「どこも売り切れ。給油ランプも付いてしまった」。品薄状態が続き、入荷してもすぐに売り切れになる店舗が相次いだことから、給油のため「はしご」を強いられる人も多くいた。

利用客が殺到し、多くのガソリンスタンドが売り切れ状態になった=2011年3月12日午後2時30分、宇都宮市大通り3丁目

 品薄が解消されるまでは1カ月近くかかった。1人1台が当たり前になっている「車社会」の県内。割り込みによるトラブルや窃盗事件が起きるなど、混乱は大きかった。

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