信号停車中に、後方からトラックに衝突された車両=2022年11月、福岡県内(提供・投稿者、写真の一部を修正しています)

信号停車中に、後方からトラックに衝突された車両=2022年11月、福岡県内(提供・投稿者、写真の一部を修正しています)

 「一緒に育児休業中だった夫が自動車事故に遭い、家事や育児が一時できなくなった。補償はどうなるのでしょうか」。福岡県内の女性から、西日本新聞「あなたの特命取材班」にこんな疑問が寄せられた。事故で家事・育児に影響が出た損失は保険業界で「主婦休損(しゅふきゅうそん)(休業損害)」と呼ばれるが、夫は当初、適用が見送られそうだった。夫婦同時の育休中の事故では、損失が少ないとみなされる懸念はないのか。判断基準を調べた。

 2022年11月下旬。投稿者の夫は赤信号で停車中、荷物を積んだ20トントラックに追突された。救急車で運ばれ、診断は頸椎(けいつい)や腰椎捻挫など。入院は免れたが、数週間は首や腰などを少し動かすだけで痛みが走った。子どもを抱っこできるようになったのは3カ月以上たってから。今もリハビリで通院している。

理由明示されず

 過失割合はトラックの「10対0」。リハビリを含む治療費は相手の保険から遅滞なく支払われている。一方、家事・育児ができない主婦休損への補償は認められなかった。この言葉を初めて知った女性は「女性だけ対象のような古い用語だな」と違和感を覚えた。

 夫の被害を巡り事故相手の損害保険会社は当初、主婦休損か、家事代行サービス利用料のどちらかを選択するよう求めてきた。育休中だった夫は主婦休損分を請求。しかし損保会社はしばらくして「社内で通らなかった」と通達してきた。理由ははっきり示されなかった。

 夫はやむなく家事代行サービス分への請求に切り替えた。サービスの利用は約10日間。支払い根拠となる資料の提出を求められた。「主婦休損が出ないのはやっぱりおかしい」。疑問を募らせた女性は3月に取材班へ投稿。夫は4月から、職場に復帰した。

男女「差はない」

 デイライト法律事務所(福岡市)の西崎侃(かんな)弁護士は主婦(主夫)休損について「事故のけがで家事労働ができない期間に休業損害を請求できる」と解説する。会社員の勤務同様に、事故時には損害が補償される考えが確立されているのだ。

 算出には、厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」を使うことが多い。2022年の女性の平均年収(ボーナスを含む)から1日分を算出すると1万円強。例えば完治まで約3カ月を要し、30日間通院して家事・育児ができなかったと認められると、一つの考えとして、約30万円が主婦休損とされる可能性がある。

 西崎弁護士は「まず被害者を主婦や主夫とみなせるのか。みなせるならけがが家事にどう影響したのか。個別に整理し、損害を積み上げて交渉することになるだろう」。今回のケースは夫婦ともに育休中。家事・育児を半々で担っていたと仮定すれば、夫のけがによる損失も「半分」と考えることもできるという。

 そもそも、事故時の主婦休損に男女差が生じることはないのか。加害者側の損保会社は取材に「主婦休損が女性だけを対象とすることはなく、基本的な賠償の考え方は男女で変わらない」とする。

 では、夫婦の分担比率はどう考えるのか。同社は「判例などの情報の蓄積がほとんどない分野。ケース・バイ・ケースかつ、その時に積み上がっている裁判例や専門家の意見などを参考に判断していくしかない状況だ」と明かした。

再請求すると...

 4月に入り、投稿者は損保会社に、家事代行サービス分だけでも補償するようあらためて請求した。

 今度は、同サービス分だけでなく、女性の母親が家事・育児の手伝いに来たことに対する謝礼が約3カ月分支払われることになった。総額で30万円弱になったという。

 女性は「母親への謝礼は実質的に主婦休損に近い支払いだったと理解しており、家事代行サービスとの両方が補償されて驚いた」と話す。ただ、共働きが一般的な時代にもかかわらず、重要な補償のあり方が定まっていない実態は続いている。女性は「一緒に育休を取得した場合も、事故時にはしっかり補償されることが一般的になればいい」と言葉を続けた。

(西日本新聞)