【とちぎ高校野球 読者が選ぶ名勝負】第6位 葛生4−5山陽 聖地に「魔物がいた」

<聖地に「魔物がいた」 あと1死痛恨の4失点>

 【1990年甲子園】

 ▽2回戦

葛生

 000101020 │4

 000100004x│5

山陽

 

 あと1人。あと1人で甲子園に初めて校歌が流れる。アルプス席を埋めた4千人は、勝利を確信して声をからした。リードは3点。九回裏2死走者なし。だが、「甲子園には本当に魔物がいた」。葛生(現青藍泰斗)の宇賀神監督はうなった。

 「野球の怖さを思い知らされた」(名古屋市、吉川哲也さん、42歳)

 県大会決勝で日光(現日光明峰)を破り、初めてもぎ取った甲子園の切符。指揮官は人目もはばからず号泣した。葛生町(現佐野市)にナインが優勝旗を持ち帰ると、約2千人の町民が出迎えた。県内の町の学校として初の出場に酔いしれた。

 「初」づくしで感慨ひとしおのナインは、大きな重圧も抱えて甲子園に乗り込んだ。初戦の2回戦は大会6日目。日程が開いたうえ、猛暑もあって選手たちは心の安定を欠いた。宇賀神監督は「精神的な調整の難しさをつくづく感じた」という。

 県大会の6試合すべてに登板したエース早川は、50イニングでわずか3失点の活躍を見せたが、連投で右わき腹を痛めた。大阪入りしてやっと調子を戻し、チームに不安と緊張が入り交じる中、初戦を迎えた。

 心配をよそに、試合は理想的な展開。四回に先制点を奪い、直後に同点とされても六回に勝ち越し、八回は追加点と着実に得点を重ねた。早川は下手投げで山陽の打ち気をそらし、八回まで3安打に抑え切っていた。

 九回裏。三振と二ゴロであっさりと2死を取る。「勝った」。声援を一身に受け、早川は気持ちがはやった。続く打者に左前打を許すと、制球が乱れ四球。そこから4連打。内野ゴロがイレギュラーする不運もあり、最後の1死を取ることなく3点差がひっくり返った。

 山陽側のスコアボードに「4」の文字が映し出されると、スタンドの女子生徒たちは力なく泣き崩れた。どの場面からだろうか、声援も聞こえないほど、ナインの頭は真っ白になっていた。早川は「気がついたら相手の校歌が流れていた」。

 「漫画や映画のよう。人生の教訓になった試合です。忘れることはできません」(佐野市、阿部直明さん、45歳)

 葛生が甲子園に残してきた「27個目のアウト」。校名こそ変わったが、その忘れ物を取り返すため、ナインはきょうも白球を追っている。