【とちぎ高校野球 読者が選ぶ名勝負】第8位 小山1−0東海大相模 スター軍団を翻弄

<スター軍団を翻弄 センバツ準V意地見せる>

 【1976年甲子園】

 ▽2回戦

小山

 000 000 100│1

 000 000 000│0

東海大相模

 

 センバツ準優勝の小山か、優勝候補筆頭の東海大相模か−。黄金カードとなった2回戦は、試合前に札止めとなり、地元の小山市では人通りが途絶えた。

 注目の一戦をどう制するか。小山の若色監督は攻略に腐心した。相手はスター選手の原辰徳(現巨人監督)、「ホームラン男」の津末らを擁する。しかし、糸口はつかめず「お手上げの状態だった」という。

 4番の主将・黒田も悩んだ。エースの故障で「背番号8」ながら1回戦に続き先発登板した。「打たれても仕方ない」と2桁失点も覚悟して、東海大相模打線にぶつかった。

 「相手のデータもないし、出たとこ勝負」。捕手の立川は、打者の顔を見て直感でサインを出した。これに黒田も「無心」で応え、上手、横手、下手、さらにクイックやスローボールなど変幻自在の投球で翻弄(ほんろう)した。

 初回は1死二塁の危機に原、津末と対峙(たいじ)したが、顔色を変えずにカーブで連続三振に打ち取り、六回にも原から二つ目の三振を奪った。「ボール球に手を出してくれたので助かった」。黒田はそう安堵(あんど)した。

 一方で、小山も先制点を奪えずにいた。二回から毎回の安打を放ったが、あと1本が出ない。そして七回、黒田は三遊間を破ると、2死ながら三塁まで進んだ。続く打者のとき、相手左腕の村中が暴投し、黒田が決勝点となる本塁を陥れた。

 激しい打ち合いの予想を覆し、試合は息詰まる投手戦。小山市内の多くの民家からは、テレビ中継の音声と声援が聞こえたという。「当時、中学1年生の野球部員。中継を食い入るように見て応援した」(栃木市、篠崎幸夫さん、51歳)

 黒田は被安打3で完封勝利。投打にわたる活躍に、原の父で東海大相模の原監督は「黒田君1人にやられた」と脱帽した。

 「学校で黒田選手が素振りをしているのを見て、太い腕や体格に感動した」(茨城県筑西市、仁平不二男さん、56歳)

 試合前、警備員に囲まれて球場入りする東海大相模ナインの陰で、ひっそりと入った小山ナイン。ゲームセットを迎えると、注目を集める立場は逆転した。