65歳以上の高齢化率が6割近い日光市足尾地域。生活の不便さや人付き合いの希薄化などの悩みを抱える高齢者も少なくない=2022年12月中旬、日光市足尾町松原

 クルマの話になると、もう止まらない。足尾銅山の坑内で閉山まで働いた浅見幸雄(あさみゆきお)さん(90)にとって、クルマは生きがいだった。

 「車検のたんび、取り換えたよ。サニー、ブルーバード…。何十台乗ったか分からない」。乗り始めたのは1965(昭和40)年ごろ、昭和のマイカーブーム真っただ中。同じ社宅で一番早かった。

 釣り、山菜採り、引っ越しの手伝い。仲間を乗せ、どこへでも行った。64年に運転免許を取って以来、無事故無違反が自慢だった。

 そんな自分が運転免許を手放すとは思わなかった。更新を諦めたのは2022年2月。「車がないと、どこへも行けない」。まだ乗り続けるつもりだった。

 高齢者講習を受けようと、なじみの教習所へ電話をかけた。生年月日を尋ねられた。折り返しの電話があり、「うちは駄目なので、よそで…」。

 理由は聞かなかったが、自分に言い聞かせた。「歳だからか。自分の学校から事故車なんて出されたら、大変だもんな」。子どもたちから「運転はやめた方がいい」と言われていたのも頭をよぎり、腹を決めた。

 「そりゃ気抜けもしちゃうよ。こんなに不便になるとは夢にも思わなかった」

 以来毎朝、布団を出るのもおっくうになった。足も腰も、痛む。自宅から数十メートルの広場まで歩くのも、容易でない。買い物は専らコープの配達頼みになった。

 通りの家並みは閉山前の面影を残す。だが人影はまばら。足尾は人口1600人足らず、65歳以上の高齢化率は6割近い。走り抜ける登山客ら県外ナンバーの車ばかりが目立つ。

 寄る年波を気にせざるを得ない種は、他にもある。

 40年近く続いた友人の集まりは5、6年前が最後。十数人で旅行や宴会を楽しんでいたが一人、また一人と旅立っていく。習慣だった「日誌」も3年ほど前、破いて捨てた。日々の出来事を「話しする、聞いてくれる人もいないんだから」。

 そんな浅見さんに22年6月、うれしい出来事があった。

 卒寿を祝う会。東武日光線で行き慣れた東京・浅草のホテルに、ひ孫世代まで総勢約20人が集まった。乾杯のあいさつに立った長男が、足尾銅山で現役だった頃の父親の思い出話をしばらく語ってくれた。

 「感無量になっちゃって。みんな良い子で、ほんとね、幸せだよ」。妻の稲子(いねこ)さん(87)が回想する横で、浅見さんが照れくさそうに頬を緩めた。