開会式のフィナーレでは大会での健闘や震災復興への願いを託した約2千個の風船が大空に舞った=2011年11月6日

とちのきファミリーランドの観覧車から眺めた県総合運動公園。整備中の陸上競技場(右)や新スタジアム(左)が見える

当時をなつかしむ石下さん

開会式のフィナーレでは大会での健闘や震災復興への願いを託した約2千個の風船が大空に舞った=2011年11月6日 とちのきファミリーランドの観覧車から眺めた県総合運動公園。整備中の陸上競技場(右)や新スタジアム(左)が見える 当時をなつかしむ石下さん

 岩手、宮城、福島県の選手団が「がんばろう日本」と書かれた横断幕を手に入場すると、会場から大きな歓声と拍手が上がった。

 東日本大震災が発生した2011年、生涯スポーツの祭典「第24回全国スポーツ・レクリエーション祭『スポレク“エコとちぎ”2011』」(以下スポレク祭)は、多くの人の復興の願いや未来への希望とともに開幕した。

 生涯を通じたスポーツ・レクリエーション活動の振興を目的に、約四半世紀にわたって全国23県1市で開かれたスポレク祭。

 本県で全国規模の大会が開かれるのは1993年のインターハイ以来、18年ぶりだった。県実行委員会でスポレク祭推進室長を務めた石下辰博(いしおろしたつひろ)さん(67)は「真っ白なキャンバスに絵の具を塗るように、ほぼゼロの状態からのスタートだった」と振り返る。

 準備に奔走する中、3月11日に未曽有の震災が発生。多くの県主催イベントが中止になり、会場予定地も天井が落下するなどの被害を受けた。「このまま開催できるのか」-。推進室内にも暗雲が立ちこめた。

 しかし石下さんに中止の2文字は浮かばなかったという。「こんな時だからこそ、栃木から元気を発信しなければ」と、開催に向けてもう一度かじを切った。