3Dレーザー計測器で細部まで精密に再現された「那須疏水旧取水施設東水門」2分の1模型と解説する諏訪さん

県北最大級の総合博物館とされる「那須野が原博物館」

前身の旧西那須野町郷土資料館(那須野が原博物館提供)=平成初期

3Dレーザー計測器で細部まで精密に再現された「那須疏水旧取水施設東水門」2分の1模型と解説する諏訪さん 県北最大級の総合博物館とされる「那須野が原博物館」 前身の旧西那須野町郷土資料館(那須野が原博物館提供)=平成初期

 「那須野が原の開拓と自然・文化の営み」をテーマにした総合博物館「那須野が原博物館」は2004年4月、那須野ケ原開拓の民間農場、旧三島農場事務所跡地(那須塩原市三島5丁目)にオープンした。

 常設、企画展示室などのほか、市民活動の場も設けられた約2千平方メートルの延べ床面積は、前身の旧西那須野町郷土資料館の約4倍。展示は歴史、民俗、美術、文学、地学、昆虫など9分野を網羅する。

 その規模から「県北最大級」とされる同館だが、開館までの道のりには一つの大きな事件があった。

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 1993年11月、同所にあった旧西那須野町郷土資料館で火災が起こり、展示室が全焼。民俗資料約70点などが焼失した。原因は不審火だった。

 当時、資料館の拡張計画も持ち上がっていたが、やむを得ず一時閉館。事務室や収蔵庫は無事だったものの、再開までには時間がかかるとみられていた。

 そんな中、同館を見学で訪れる小学校から「子どもたちのためにも再開してほしい」と声が上がり、町民からも資金援助や民俗資料約700点が寄付された。

 これらの後押しで翌94年に展示を再開。プレハブの展示室だったが、当時資料館で学芸員を務めていた前博物館長の金井忠夫(かないただお)さん(64)は「町民の文化レベルの高さ、開拓の歴史を伝えたいという思いを感じた」と振り返る。

 事件が博物館建設の機運を高め、那須野が原博物館のオープンに結び付いた。資料館時代から解説ボランティアを行う市民団体「石ぐら会」の初期メンバー諏訪(すわ)スミ子(こ)さん(92)は、「立派な博物館になってうれしかった」と笑顔で話す。