銅山の関連史跡を巡る福島県の高校生たち。連載が訪問のきっかけとなった=7月25日午後、日光市足尾町赤倉

 時間との闘い-。足尾を訪れるたび、そんな感覚が強まっていった。

 2022年秋から始まった取材。この地の歴史を語るには、かつて銅山で働いた鉱員の話が欠かせなかった。一方で過疎化と高齢化の進む地域で出会えた元鉱員は片手で数えるほどだ。ある人は取材の約2カ月後、鬼籍に入った。

 同じころ、会員の高齢化などで足尾鉱毒事件を後世に伝える市民団体の解散も相次いでいた。「語り継ぐのは今しかない」。その思いが取材の原動力だった。

 葛藤もあった。国策で進められた銅山開発、閉山後の急速な地域の衰退、半永久的な坑廃水処理-。連載は足尾の負の側面にも注目し、現代に連なる問題として福島第1原発事故後の福島の現状と重ねた。

 「地域の人が将来に希望を持てない内容だ」。足尾に関わりのある読者から、苦言を呈されたこともあった。「足尾の光と影」を伝える難しさを感じながら、その両面を直視することに報道の価値はあると信じ、軸はぶらさなかった。

 一つの“成果”があった。連載終了から約1年後の7月末。足尾へ研修に訪れた福島県の高校生たちに同行する機会があった。

 原発事故の被災地にある、ふたば未来学園の生徒たちだ。「足尾と福島は多くの共通点があると感じた。新たな視点を学んでほしかった」。同校教諭が連載記事を読んだことをきっかけに、公害の観点から原発事故を学ぶ活動の一環として研修は企画されたという。

 一つの歴史を活字に残し、それが誰かの心に留まる。連載を通じて感じたのは「語り継ぐ報道の意義」だ。

 銅山の関連史跡などを巡り、熱心にメモを取る生徒たちの姿に胸が熱くなった。語り部の減る足尾の歴史が、次代へつながる瞬間を見た気がした。

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 「アカガネのこえ 足尾銅山閉山50年」

 足尾銅山の閉山50年に合わせ2023年1~6月に連載。地域住民の目線を通し、足尾の栄枯盛衰や閉山後の再生へ向けた試行錯誤を描写した。「公害の原点」とされる鉱毒事件を切り口に、東京電力福島第1原発事故や水俣病などを取材し、経済活動を追及した末に被害者が置き去りにされる構図にも迫った。歴史や地域を次代へつなごうと、今の足尾に関わる人たちの活動や思いも伝えた。