「生きることは、たえずわき道にそれていくことだ。本当はどこに向かうはずだったのか、振り返ってみることさえ許されない」

 小説「変身」で知られる文豪フランツ・カフカは、マイナス思考だ。手紙などに数多くの愚痴や弱音を記した。「自虐ネタか」と笑ってしまう極端な悩みもある。「絶望名人カフカの人生論」(新潮文庫)を編訳した頭木弘樹(かしらぎひろき)さんは、20歳で難病を患い、失意の中でカフカの「絶望名言」に救われたという。ネガティブな言葉の数々はむしろ、つらい心に寄り添うような親近感があった。

 希望に満ちた4月初めに「絶望」は、ふさわしくないテーマと思われるだろう。GRIT(やり抜く力)やレジリエンス(回復力)が注目される昨今。そんなポジティブ信仰の“呪縛”に、窮屈さや生きづらさを感じている人もいるだろう。

 絶望と苦悩をさらけ出した太宰治(だざいおさむ)が「東京八景」に記した文章をふと思い出す。「人間のプライドの窮極の立脚点は、あれにも、これにも死ぬほど苦しんだ事があります、と言い切れる自覚ではないか」