選挙演説に耳を傾ける人々。言論の自由が民主主義の根底を支えている=4月中旬、足利市内(本文と写真は関係ありません)

 選挙演説中の候補者に向けられた突然の罵声に、周囲が一時騒然とした。

 「男女平等反対、選挙なんかやめちまえ」

 県議選が告示された3月31日の宇都宮市内。選挙カー上の女性候補者に、自転車にまたがった男性が近づきながら叫んだ。

 陣営スタッフが駆け寄り、男性を遠ざけた。候補者は演説を続けたが、聴衆の視線は男性に集まった。

 「やじを超えた暴言でめったにないことだった。正常に演説を続けられる状況ではなくなった」。候補者は当時を振り返り、憤る。「言論の自由や政治活動が妨げられることはあってはならない」

 この約2週間後。選挙の応援演説会場で岸田文雄(きしだふみお)首相に向け爆発物が投げ込まれる事件が起きた。

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 選挙運動に絡み、政治家が狙われる事件が相次いでいる。2022年7月、奈良市で安倍晋三(あべしんぞう)元首相が銃撃された。岸田首相襲撃はそのわずか9カ月後に起きた。他県の知事選では候補者が街頭活動中、近づいてきた男性から「タックルされそうになった」と交流サイト(SNS)に投稿する事案もあった。

 こうした事態を受け、白鴎大法学部の田中嘉彦(たなかよしひこ)教授(憲法学)は指摘する。「不満を抱えた人が思いのままに行動してしまっている。憲法が保障する言論の自由が脅かされ、民主主義の危機をもたらしかねない」

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 22年1月、新型コロナウイルス対策をメディアで発信してきた倉持仁(くらもちじん)医師(50)の宇都宮市のクリニックに、匿名の封書が届いた。中には約5センチのカッターの刃と、ニュース番組に出演する倉持氏の画像を印刷した紙。倉持氏の主張を否定する文言もあった。

 気に入らない意見を持つ相手を威嚇し、攻撃する行為-。「誰かの役に立つ発信を続ける」と倉持氏に萎縮はない。ただ、「責任を持った上で自由に発言しないといけない。そうしなければ、アンフェアだ」と世の中に対し投げかける。

 県弁護士会の山下雄大(やましたたけひろ)会長(50)は「言論には言論で応じることを忘れてはいけない」と強調する。その上で、今やSNSに脅迫や誹謗(ひぼう)中傷の書き込みが後を絶たない現状に「このままでは内容の規制が必要になり、表現や言論の自由を守れない局面に入る」と危惧した。

 民主主義を成り立たせるための言論の自由。多様な意見を尊重し合う社会をどう構築していくか。私たちの日常が問われている。