3度目のパラリンピックで悲願のメダルを狙う真田=2020年11月、千葉県柏市

 決意は揺るぎない。

 那須塩原市出身の真田卓(さなだたかし)(36)=凸版印刷=は、3度目のパラリンピックに挑む。2012年のロンドン大会はシングルス16強、ダブルス8強。メダルを目指した16年リオデジャネイロ大会はダブルス4位で、あと一歩及ばなかった。「今までの集大成。絶対、狙っていきたい」

 16日時点の世界ランキングは9位。1位の国枝慎吾(くにえだしんご)(37)=ユニクロ=に次いで、今や日本の車いすテニス界を引っ張る存在だ。

 19歳の時、人生は大きく変わった。バイクの運転中に乗用車と正面衝突する事故に遭い、右脚を切断した。「どう生きていけばいいか」。将来の希望を失いかけたが、リハビリに励む中、車いすテニスと出合った。

 最初は趣味で続けたが26歳のころ、勤め先の埼玉トヨペットの支援を受け、競技者としての道を歩み始めた。手探りのまま海外を転戦し、1年半後には世界10位以内に。周囲の支えが活躍の原動力になった。

 東京への切符は、苦難を乗り越えて手にした。19年9、10月の2カ月で国際大会を4度制したが、連戦の疲労で右肘を痛めた。診断は全治1年。「もし出られても満身創痍(そうい)。間に合わないな」

 諦めかけたが、新型コロナウイルスの影響で東京大会が1年延期になった。「チャンスだ」。回復に努め、今年3月、実戦に復帰。代表選考までに欧州で試合勘を取り戻した。「ベストパフォーマンスができる」。今では仕上がりに手応えを感じている。

 西那須野中のソフトテニス部時代から、武器は変わらない。「世界でもトップクラス」と自他共に認める、速くて重い右のフォアハンドだ。体は決して大きくないが、パワーのある海外選手とのラリーでも打ち負けない。

 コートを離れれば、パラスポーツの普及にも取り組む。大舞台を前に、交流のある那須塩原市東原小から、児童の手形とメッセージが並ぶ応援旗が届いた。

 「皆さんからパワーをもらって頑張りたい」。コロナ禍の中、無観客で行われる大会。地元からのエールを、力に変える。