初の甲子園のマウンドとなった北陽戦で19三振を奪うなど、センバツ大会記録の通算60奪三振を記録した江川=1973年

<元祖“怪物”鮮烈デビュー 19K、ファウルでどよめき>

 【1973年センバツ大会】

 ▽1回戦(甲子園球場)
北陽
 000 000 000│0
 010 001 00×│2
作新

 完全試合、ノーヒットノーラン、連続無失点イニング-。作新の怪腕・江川は数々の記録を引っ提げて、“聖地”でそのベールを脱いだ。

 センバツ出場を決めた秋季関東大会は各県代表の強豪を向こうに回し、2完封を含む無失点で「超高校級」の冠を確固たるものにした。全国の注目を浴びて、初めて立つ甲子園マウンドだった。

 「ホップするストレートがすごかった」(上三川町、野崎康雄さん、65歳)

 当時の本紙によると、この大会までに2度の完全試合、6度のノーヒットノーラン(参考含む)を記録。開幕試合の視線は江川の一挙手一投足に注がれ、そのスピンの効いた「浮き上がる球」に、出場校中最高打率の優勝候補、地元・北陽のバットは面白いようにくるくると回った。

 先頭から5者連続三振。初めてバットに当たったのは5番打者が後方にファウルした23球目、それだけでスタンドがどよめきで沸いた。それは妙な静けさに包まれていた球場の緊張感が解けた瞬間でもあり、江川自身もこの場面を最も印象に残ったシーンとして挙げた。

 四回2死まで二つの四球を出したものの、11個のアウトは全て三振。そして打者16人目、五回1死からの左飛がこの日初めての打球によるアウトだった。

 九回を三者三振で締め、5万人の観衆の前で大会記録にあと二つと迫る19奪三振の快投を披露した。

 北陽ナインは口々に「真ん中だと思って振ると捕手が頭の上で捕っている。球が浮き上がってきた」「カーブは顔の位置から落ちて、瞬時にど真ん中あたりでミットに収まる」。まさにお手上げ状態だったという。

 「三振の山を築き、今でも当時のことが思い出される」と真岡市の舘野博幸さん(65)。江川の勇姿は県民の胸にもしっかり焼き付いている。

 この大会、2回戦の小倉南(福岡)戦で10、準々決勝は今治西(愛媛)から20、敗れた準決勝の広島商(広島)戦では11個の三振を奪い、それまでの大会通算奪三振記録(54個)を更新する60奪三振を記録。この大記録はいまだ破られていない。

 元祖“怪物”にふさわしい、あまりにも鮮烈な甲子園デビューだった。