正面の外観のデザイン性や完成度が建築史上高く評価された県庁舎。本県出身の佐藤功一の設計で1938年に完成した/2000年10月撮影

 「65年間ありがとうございました」。そう書かれた看板の下で、当時の福田昭夫(ふくだあきお)知事と梶克之(かじかつゆき)県議会議長が「栃木県庁」の表札を下ろした。

 Web写真館に別カットの写真

 式には宇都宮市昭和小児童も出席。当時6年生だった東京都、会社員熱田美音(あつたみおと)さん(27)は、リコーダーで「蛍の光」を演奏したことを覚えている。雪が積もると車寄せでソリ遊びなどをした身近な建物。「なくなってしまうのは寂しいなと思った」

 第4代庁舎は今から81年前、1938年に完成。2003年まで県民に親しまれた。設計は、国分寺町(現下野市)出身の建築家佐藤功一(さとうこういち)。中庭を囲むロの字型で、ルネサンス様式を色濃く取り入れた建築だ。日比谷公会堂(東京)などを設計した佐藤の建築作品の中でも代表的と言われた。

 現在の第5代庁舎ができるまで、県職員らは周辺の仮庁舎で仕事を行った。移転作業は03年6月下旬から8月中旬の毎週土日、7回に分けて行われた。

 移転作業などを担当したのは「県庁舎整備室」だ。移転物品調査に移転説明会、県民への広報などやることが山のようにあった。当時、同室にいた斎藤睦子(さいとうむつこ)さん(58)は、中でも特に「引っ越し作業が大変だった」と振り返る。同じく矢島淳(やじまあつし)さん(62)も「エレベーターが小さくて、窓から荷物を出してクレーン車に乗せたりとか。仮庁舎から現在の庁舎への引っ越しよりも大変だった」と苦労を明かした。

 引っ越しの終わった同年9月、解体前の庁舎を県民に見てもらおうと見学会が開かれた。