西堀酒造日光街道小山蒸溜所のウイスキーブランド「哲-TETSU-」は、7月6日、日光東照宮へのウイスキー献上祭で初めて披露された。

「哲」日光東照宮献上ウイスキー
「哲」日光東照宮献上ウイスキー

 「哲」と書かれた掛け軸が示され、ウイスキー製造責任者の西堀哲也(にしぼりてつや)専務(35)は、ブランドに込めた思いを参列者に説明した。「私たちは、日本酒の酒蔵として培ってきた発酵技術や酵母を生かしながら、日本ならではのウイスキー造りを挑戦しております。『哲』というブランドはその象徴でありまして、真のジャパニーズウイスキーとは何かを問い続ける、そういった、哲学するウイスキー、というコンセプトになります」。もちろん、自身の名も投影したことも含ませた。

日光東照宮への献上祭前にブランド「哲-TETSU-」について説明する西堀哲也専務=7月、日光市
日光東照宮への献上祭前にブランド「哲-TETSU-」について説明する西堀哲也専務=7月、日光市

 説明は続く。「既存の定義やスタイルにとらわれず、日本の自然や歴史、文化、そして酒造りの精神を映すウイスキーというものを目指しております。それは単なる、洋酒の模倣のようなものではなくて、日本固有の酒造りの延長としてのウイスキーになります」

 では、具体的に目指す真のジャパニーズウイスキーとは-。西堀専務は日本酒造りが引き続き西堀酒造の中核事業であることに変わりないことを前置きした。その上で日本酒蔵ならではの洋酒造りを目指し、原料や酵母の用い方、自社独自の発酵・蒸留技術で和の伝統、文化に革新を重ねるという。 まず日本酒蔵として「清酒酵母」を使うことに独自性を求めた。ただ大麦麦芽を原料とするモルトウイスキー、小麦、ライ麦、トウモロコシなど穀類を使うグレーンウイスキーとも清酒酵母で発酵させる公開知見はなかった。逆に失敗事例が報告されており、麦芽を清酒酵母で発酵させる難しい手法を、自ら切り開くしかなかった。

清酒酵母による発酵などの苦労を振り返る西堀専務=小山市
清酒酵母による発酵などの苦労を振り返る西堀専務=小山市

 小さな鍋で麦芽など原料を煮て糖化させた麦汁に清酒酵母を加え、発酵に挑んだ。温度、原料粒の大きさ、配合割合など条件を変え、何度も発酵を試みた。しかし発酵は一向に進まない。「心が折れそうになった」という約7カ月が過ぎた頃、ようやく光明が見えた。日本酒造りで行うもろみの元になる酒母を造り、3段に分けて蒸し米を加えていく段仕込みの手法を応用したところで発酵が進むようになった。通常のウイスキー造りにはそうした概念はなく、画期的といえる。

 同時に挑んだのが、こうしてできたもろみ(発酵液)から蒸留してウイスキー特有のアルコール原液を抽出するポットスチル(単式蒸留器)導入への対応だ。スコッチウイスキーで名高いスコットランドでは常圧で蒸留を行う銅製のものばかり。国内のウイスキー蒸留所も多くがこの銅製ポットスチルを導入していた。

独自の蒸留器などを備えた日光街道小山蒸溜所=小山市
独自の蒸留器などを備えた日光街道小山蒸溜所=小山市

 「清酒酵母での発酵を必ず成功させ、その暁には清酒酵母ならではの香りを製品に押し込めたかった」。しかし清酒酵母で醸した柔らかい香りを生かそうとすると、焼酎で培った低圧での蒸留が欠かせず、ほぼ真空状態まで圧力を下げるためには銅製ポットスチルでは耐久性が足りなかった。

 蒸留設備は部品調達も含め今後のメンテナンスまで考慮し、国産で独自に造るしかなかった。日本酒製造で付き合いのあった設備メーカーに常圧から低圧まで対応できる耐久性のあるステンレス製で蒸留器製造を依頼。しかも硫黄成分を除去するため、内部に銅板も取り付けたことも加えた。これにより幅広い圧力による蒸留が可能になった。「沸点を下げることで、香気成分、もろみで出る香りをそのまま壊すことなく、凝縮して抽出できる」

独自に開発した常圧から低圧まで対応できる日光街道小山蒸溜所の蒸留器=小山市
独自に開発した常圧から低圧まで対応できる日光街道小山蒸溜所の蒸留器=小山市

 もう一つの日本酒蔵ならではの取り組みは、酒米の精米で出る吟醸粉を使うことだ。清酒酵母で醸した「吟醸香のあるウイスキー」を目指した。そして、熟成の最終段階で日光杉の和樽を使うことで、和の味わいを高めることにも挑んでいる。

 こうした一連の取り組みは、設計思想の独自性、製造工程における革新性、酒造りに対する哲学の明確さが大きく評価され、今年8月の「東京ウイスキー&スピリッツコンペティション(TWSC)2025」で、日光街道小山蒸溜所に「イノベーター・アワード・オブ・ザ・イヤー」が贈られた。

 初リリース前から話題性で注目度を上げ、ウイスキーファンの関心を集めている。これもスタートダッシュを切る戦略の一環だろう。感心することしきりだ。