♪ハッピーバースデー ディア 樹(いつき)君-

6月下旬、宇都宮市宝木本町の一軒家。訪問診療に訪れていた高橋昭彦(たかはしあきひこ)さん(64)が歌声を響かせた。この日は月2回診察している瓦井尊(かわらいたける)さん(24)の弟樹さん(16)の誕生日祝いだ。

 樹さんは頭にケーキのかぶり物を乗せ、高橋さんはキャンドルの仮装に身を包む。人工呼吸器と胃ろうを付けてベッドに横たわる尊さんの表情がやや穏やかになったように見えた。そんな光景に母千寿(ちず)さん(53)は顔をほころばせる。

うりずん立ち上げのきっかけとなった瓦井家の家族の誕生日を祝う高橋さん(右)。医療的ケアが必要な子と家族が地域に受け入れられ、成長を喜び合える「優しい社会」を目指す=宇都宮市宝木本町、磯真奈美撮影
うりずん立ち上げのきっかけとなった瓦井家の家族の誕生日を祝う高橋さん(右)。医療的ケアが必要な子と家族が地域に受け入れられ、成長を喜び合える「優しい社会」を目指す=宇都宮市宝木本町、磯真奈美撮影

笑顔の日常が一家の心を満たす。尊さんが自宅で暮らし始めた頃には想像できなかったことだ。認定NPO法人「うりずん」理事長の高橋さんと瓦井家の出会いは21年前にさかのぼる。

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 「尊を家に連れて帰りたいんです」。父健一(けんいち)さん(55)から高橋さんが在宅医療の依頼を受けたのは、宇都宮市新里町で「ひばりクリニック」を開業して間もない頃だった。

 尊さんは出生時の低酸素脳症の影響で、自発呼吸や経口の栄養摂取ができない。3歳まで大学病院から出たことがなかった。

 自宅では人工呼吸器のアラーム音への対応や、たんの吸引など24時間体制の医療的ケアが求められる。それでも両親はわが家で共に過ごすことを望んだ。

 高橋さんはクリニックで小児科や内科の訪問診療に取り組んでいた。退院前のカンファレンスで硬い表情の両親に声をかけた。

 「尊さんだけでなく、家族を支えます」。在宅医療で患者だけでなく、その家族や日常とも向き合ってきた高橋さん。言葉は自然と熱を帯びていた。