ブランディ・カーライル(左)とエルトン・ジョン(Photo by Peggy Sirota)

 エルトン・ジョン&ブランディ・カーライルのアルバム「天使はどこに」

 ブランディ・カーライル(左)とエルトン・ジョン(Photo by Peggy Sirota)  エルトン・ジョン&ブランディ・カーライルのアルバム「天使はどこに」

 ポップス界のトップスター、エルトン・ジョンが、米国の音楽シーンをけん引するシンガー・ソングライターのブランディ・カーライルと共作したアルバム「天使はどこに」が好評だ。共同通信のオンラインインタビューに応じたブランディは、幼い頃から「ヒーロー」だったエルトンとの共演を「夢が現実になることはとても美しいですが、大きな賭けのようで緊張しました」と語った。

 エルトンは若いミュージシャンを見いだし、サポートすることで知られる。「彼はいつも私に助言をし、助けてくれ、私の人生に優しく力になってくれた」。関係が深まったのは、共に同性愛者であることを公言する2人が、それぞれ子どもを持ったことがきっかけ。「お互いにより深くつながるようになった。まるで家族のように」

 共作といえど、離れたスタジオで作業することも多い現代の音楽業界だが「毎日一緒に笑って、泣いて、けんかもして。ひっちゃかめっちゃかの人間的な経験でした」。

 巨匠は時に自己不信や不安に襲われ、きつい振る舞いをすることもあったという。「私は天才を操縦するのがどういうことかを学びました。ベートーベンやシェークスピアと一緒にいるのはこんな感じかも」と苦笑交じりに振り返りつつ、その創作姿勢に畏怖の念もにじませる。「彼は衝動をコントロールできないまま創作する。素晴らしい作品が生まれると同時に、不吉な予感にも駆られるのかもしれません」

 エルトンの仕事ぶりは猛烈だった。「彼は年を取ることも、ペースを落とすことも拒否している。まるで貨物列車みたいにスピードを絶対に落とさない。78歳の彼に私がついていけないぐらい」

 だが、そんな環境で生まれたのは、まるで昔からあったようなスタンダードのようなたたずまいの楽曲。その象徴が表題曲だ。

 イントロのピアノからまさに“エルトン印”の優雅なフレーズ。だがエルトンの声が聞こえるかと思わせてブランディの声が響き、エルトンの朗らかな歌声がメロディーを支えるように加わる。

 一緒に曲を書き、刺激し合う。最初は緊張した共同作業も、ふたを開けてみれば難しくはなかった。「エルトンは私にとってナンバーワンの偉大なヒーローですから、彼を意識せずに曲を書く方法を知らない。私の無意識のどこかに、層のように影響は重なっている」

 そんなエルトンとブランディの思い入れがにじむのが、2人の偉大な音楽の先達にささげた「ローラ・ニーロの薔薇」と「リトル・リチャードのバイブル」の2曲だ。「もしあなたが新しい場所に行こうとする時は、自分がどこから来たのかを知ることが大切です」

 音楽的なルーツというだけではない。ローラ・ニーロもリトル・リチャードもどちらも性的マイノリティーだったとされ、ブランディは「2人とも、私やエルトンが謳歌しているより限られた世界を生き抜かねばならなかった。私たちが音楽業界で今の地位を享受しているのは2人の葛藤があったから。彼らに感謝をささげることはとても大事でした」

 今、米国をはじめ世界各地で性的マイノリティーを抑圧する反動的な動きが強まっている。軽快なロックンロールに、かすれたブランディの声が痛快に弾む「スウィング・フォー・ザ・フェンシズ」では「これは長期戦だけど」と歌いながら、「君は美しい」と呼びかける。

 かつて米国では「It Gets Better(より良い未来はある)」と若い性的マイノリティーに呼びかける動画キャンペーンが話題になったことがある。ブランディは、この曲がそうした動画の現代版になってほしいと明かした。

 「長期戦という言葉を使ったけど、私たちが迫害されたり、私たちが住んでいる国で基本的な市民権や人権が否定されたりするような時期が続く訳ではない。私たち市民権や人権のために闘い、そのことに互いに感謝する時期は続くでしょうけど、それもやがて過ぎ去る。苦しい時代は乗り越えることができるのです」

 ブランディにとってはエルトンと出会いが、不確実だった自分の将来に訪れた希望だった。「私が、私のヒーローであるエルトン・ジョンに会い、人生を変えた彼とアルバムを一緒に作ることになるという事実が、今、葛藤している若いクィア(性的マイノリティー)の子どもたちにも、誰にとっても、驚くべき未来が待っているという証拠です。その事実が励ましになり、今、葛藤している若者の助けになればという思いです」

(取材・文=共同通信 森原龍介)