ここは秋葉原にあるガールズバーだ。楕円形(だえんけい)のカウンターの中にはバニーガールのコスプレに身を包んだ女性スタッフたちがいて、男性客の話し相手になっている。客層はサラリーマンがほとんどだ。それなりに繁盛している店だった。
「マリアちゃん」背後からボーイが近づいてきて耳打ちをする。「三番に指名のお客さんが来店しました。よろしくね」
「了解でーす」
客に断りを入れてから麻理亜(まりあ)はカウンターの内部を移動し、三番の客の前に立った。今週だけで二度目の来店の常連客だ。ドリンクを差し出しながら麻理亜は訊(き)いた。
「で、どうだった? 物分かりの悪い上司の反応は」
「よかったよ。マリアちゃんの忠告に従って正解だった」
「やっぱりねえ。男って自尊心をくすぐられると弱い生き物なんだよね。この調子で頑張りな。せっかく勤めた会社なんだし、今辞めたらもったいないよ」
「わかった。そうする」
客たちの悩みを聞き、それに対する的確なアドバイスをする。それが麻理亜の接客スタイルだ。それが功を奏したのか、夜な夜な麻理亜のもとには常連客が押し寄せ、仕事やプライベートの悩みを吐露していくのだ。お陰で先月の売り上げはナンバーワンを記録した。押しも押されぬ最優秀バニーガールなのだ。
「マリアちゃん、実は会社に気になっている子がいるんだけどさ」
「へえ、そうなんだ。どんな子?」
「ええと、部署は違うんだけど……」
今度は恋愛相談だ。次々と訪れる常連客たちの相談に乗っているうちに一時間、二時間と過ぎていき、気づけば閉店時刻の深夜一時を迎えていた。ほかのスタッフたちと一緒に片づけをしてからトイレに向かう。鏡に映っている自分の顔を見て、麻理亜は小さな溜(た)め息をつく。私の人生、このままでいいのかしら? 他人の相談に乗ってあげてる余裕などあるの?