[PR]大和ハウス工業株式会社

小山市の駅東通り一丁目第一地区市街地整備事業について語り合う大久保寿夫市長(左)と大和ハウス工業株式会社執行役員マンション事業推進部の富樫紀夫統括部長

 

駅東通り一丁目第一地区市街地整備事業

マンション整備開始

 新幹線で東京まで約42分という交通利便性の高い小山市。JR小山駅のアクセス性の高さを最大限に活用する「駅東通り一丁目第一地区市街地整備事業」によるマンションの起工式が18日行われ、整備事業が本格的にスタートしました。事業は小山駅東口周辺の大規模な低未利用地の活用のための先導的役割を担う起爆剤として期待されています。整備事業を進めている小山市の大久保寿夫(おおくぼ・としお)市長、大和ハウス工業株式会社執行役員マンション事業推進部の富樫紀夫(とがし・のりお)統括部長に事業の目的や内容、今後のまちづくりについて語ってもらいました。(企画・制作 下野新聞社営業局)

駅の利便性、最大限活用

 ―小山市の駅東通り一丁目第一地区市街地整備事業とはどのような計画でしょうか。

固い握手を交わす大久保市長(左)と富樫統括部長

大久保市長 平成12年9月に工場が撤退し、小山駅東口には約5ヘクタールもの空き地が生じました。私はこれを千載一遇の好機と捉え、平成14年度から小山駅周辺のまちづくりを進めてきました。その結果、白鷗大学、ヤマダ電機に進出いただいて、ホテルも4軒立地しました。マンションも12棟となり、1630人の方に新たに居住していただきました。そうした中、大和ハウス工業と基本協定を結び、住居・子育て支援施設・商業施設からなる中高層建築物を計画、整備を進めていくことになりました。これが駅東通り一丁目第一地区市街地整備事業です。

 ―大和ハウス工業は日本全国で市街地整備事業や再開発事業に携わっており、さまざま事例をお持ちかと思います。外から見た小山市の魅力はどういうところでしょうか。

起工式で鍬入れをする大久保市長と富樫統括部長

富樫統括部長 新幹線を利用すると小山駅から東京まで約42分と交通利便性が非常に高いまちであると感じています。また、市内には工業団地が多く存在し、積極的な企業誘致が実施されています。今後も労働・居住人口の増加が期待できます。さらに思川、渡良瀬遊水地など自然環境も魅力ですし、結城紬などの伝統工芸品も特徴の一つといえます。駅周辺で再開発事業が計画されており、弊社としても小山市の魅力創出のお手伝いができるように確実に事業を推進していきたいと考えます。

大久保市長 小山市は栃木県第二の「南都」です。東京駅まで東北新幹線でわずか42分、湘南新宿ラインで新宿駅まで最短で68分というアクセスの良さは最大の魅力です。この立地利便性を生かし、駅周辺を「生活空間」と位置付け、中心市街地の活性化、定住化促進のため、50年後、100年後を見据えたまちづくりを進めています。

JR小山駅東通り一丁目第一地区市街地整備事業の起工式

 

北関東の拠点都市形成へ

JR小山駅東口開発のイメージ図

 ―中高層建築物の特徴を教えてください。

大久保市長 「生活空間」としての駅直近のエリアで、定住人口を増やすためのツールになると考えます。小山市は子育て支援施設の充実を図り保育園を2階に設置しますので東京圏に通う若い子育て世代に住んでいただければと思っています。

富樫統括部長 住宅部分はIoTインターホンシステムを活用し、全戸に宅配ボックスを設置しています。その他、遠隔見守りシステムやスマートマンションの導入、ハンズフリーシステムの採用などいろいろ便利なエッセンスを取り入れています。

 吹き抜けとなっているエントランスロビーは小山の夏の伝統行事である「流し雛」をモチーフにデザインを施しています。建物の外観についても結城紬の「しま模様」「格子模様」を意識し、特徴付けたデザインにしました。

 ―大久保市長にお聞きします。今回の中高層建築物を拠点にどのようなまちづくりを進めていこうと考えていますか。今後の見通しも含めてお聞かせください。

起工式で握手を交わす大久保市長と富樫統括部長

大久保市長 小山市は戦国の乱世に終止符を打ち泰平な世徳川幕府300年を決定付けたといわれる天下分け目の軍議「小山評定」の開かれた「開運のまち」であり、鉄道、国道が交差する交通の要衝です。この優位な立地利便性を最大限に活用し、人と経済・文化が交流する北関東の拠点都市を形成するべく都市整備を推進していきます。

 

富樫統括部長 創業60年を超えた今、大和ハウス工業は全国に81事業所を構え、全国各地で地域に根付いたまちづくりを行っています。現在では戸建て住宅、賃貸住宅、分譲マンションの建設実績は約170万世帯になりました。地域レベルでの社会貢献活動にも取り組んでおり、小山支店では渡良瀬遊水地の清掃活動も行ってきました。地域社会の持続的発展があってこそ、当社グループの持続的発展があると考えています。