1月中旬、日光今市総局の電話が鳴った。相手は日光市瀬尾、元今市市議会議長の平野博(ひらのひろし)さん。「わが家の『ひろしコート』が4月で50周年になる」と声を弾ませた。

 自宅の畑をテニスコートに造り替え、地域住民に無償で開放しているという。「ぜひ取材に行きます」と約束した。が、平野さんは2月に病気で入院。3月上旬に他界した。86歳だった。

 その約10日後、自宅を訪問した。平日夜の取材だったが、家族の皆さんには丁寧に対応していただいた。

 政治活動などに奔走する一方、テニスの振興に尽力した平野さん。涙もろい優しい人柄だったという。

 通夜と告別式には延べ約800人が参列。テニス愛好家や大勢の小中学生などに囲まれた温かな葬儀だった。明るい表情で家族が次々と平野さんのエピソードを語る姿に、生前にお会いできなかったことを心から悔やんだ。

 記事は3月下旬、本紙の県北・日光版で「家族、遺志継ぎ大会継続」の見出しとともに掲載させていただいた。生前の約束を、何とか果たすことができた。