「禍福は糾える縄の如し」という故事成語もありますが、「喜びと悲しみはセットで来る」というのが持論です。

 2024年の秋、夫の胃がんが肝臓に転移してしまいました。担当医が見せてくれた肝臓の画像に写る腫瘍はとても小さくて、「こんなに小さかったら、ステージⅠですか」と私が先生に訊いたら、「転移した段階で、どんなに小さくてもステージⅣです」と言われました。

 肝臓がんとしてのステージⅣなのか、胃がんとしてのステージⅣなのか私には分かりませんでしたが、いずれにせよ「ステージⅣ」という言葉はズシンと来ました。

 そのころ、NHK宇都宮放送局から「ナカスイ!海なし県の水産高校」のラジオドラマ化企画書をいただきました(ラジオドラマ化の話は、この連載の6~9回目をご覧ください)。

 放送予定は、来年(2025年)の夏。

 なんとしても、夫には生きてその耳でラジオドラマを聴いてほしいと願い、また、思い出作りをしようと心に誓いました。

 私は食べ歩きブログをやっていたので、治療に専念するためトマト栽培を休んだ夫を、あちらこちらの外食に連れ出すことに。それまでも、トマトの世話が無い日は連れて行きましたが、ここまで連日外食というのは無かったことで、「いろんなお店があるんだね」と楽しんでくれているようでした。

NHKラジオドラマ「ナカスイ!海なし県の水産高校」の収録現場
NHKラジオドラマ「ナカスイ!海なし県の水産高校」の収録現場

 また、病気のことは明かしませんでしたが、「一生に一度の記念として、ラジオドラマの収録を夫婦で見学させてください」とスタッフのみなさまにお願いし、見学をさせていただきました。

 後日NHK総合で放送された特番(栃木県エリアのみ放送)で、キャストの方々に挨拶する際に私が涙するシーンが映っていました。自分のキャラの声を聴くことができたという感動ももちろんありましたが、夫の思い出づくりが間に合ったという安堵感もあったのです。

 見学ができた夫はとても嬉しかったようで、帰宅してからもずっと「面白かったね。楽しかった」と話していました。

 生きがいであったトマト栽培を抗がん剤治療のために休んでいた夫は、自宅のリビングで映画のDVDを鑑賞して過ごしていましたが、やはりどこか寂しそうでした。

「全米(あまた・まい)が泣いた」の表紙
「全米(あまた・まい)が泣いた」の表紙

 ちょうどそのころ、トマト農家の娘・マイがヒロインの「全米(あまた・まい)が泣いた」(JTBパブリッシング)を執筆していた私は、トマト栽培が出てくるシーンの原稿チェックを夫にお願いすることにしました。少しでも「仕事」をしてもらうことで、生きがいを感じてもらえればと思ったのです。

 夫は「別に俺がチェックしなくても」と言いつつ、チェックしてくれました。ちなみに夫は、私の著書は一切読んでいません。どんなに目の前においても「文字だけの本を読むと眠くなるから」と触りもしませんでした。だけれども、「全米が泣いた」の原稿はきちんと目を通し、蛍光ペンでチェックをしてくれたのです。

 生きて聴いてほしいと願っていたラジオドラマも、「あの収録のセリフが、演出が入るとこういう風に聴こえるんだね」と2人で笑い合ったりしながら、無事最終回まで聴き終えることができました。

しかし、がんは進行していったのです。夫の体調に異変が生じたのは、ラジオドラマの最終回を聴き終えた翌日でした。