政権選択選挙である第51回衆院選は8日、投票日を迎えた。従来の価値観や秩序が崩壊する時代の分岐点に立っているからこそ、1票を投じることによって、私たちの未来を選びたい。
言うまでもなく、民主政治の根幹を支えているのが選挙だ。前回衆院選からまだ1年3カ月余り、解散の翌日から投開票まで戦後最短の16日間となった今回は、主権者たる私たちへの目線がすっぽりと抜け落ちていた。
高市早苗首相の自己中心的な解散と言え、政治史に大きな禍根を残した。「解散権」について、与野党が真摯(しんし)な論議を始める時ではないか。
政権にとって有利な時期に解散・総選挙に踏み切るのは、ある程度やむを得ないかもしれない。ただ、それは有権者に投票のための判断材料を十分に提供することが前提で、政治の「王道」とも呼ぶべきトップリーダーの責務でもある。
直前まで国会で論戦を繰り広げていれば、首相が信を問いたいという政策の評価もしやすい。ところが“独演会”で主張するだけで、あとは「白紙委任」してくれという今回の手法は、明らかに傲慢(ごうまん)だ。論戦に臨めば、ほころびが生じてしまうと、逃げたと評されても仕方あるまい。
今回の選挙は、与野党の11党などから1285人が立候補し、小選挙区289、比例代表176の計465議席を争う。本県の五つの選挙区には自民、中道改革連合、日本維新の会、国民民主、共産、参政の各党と無所属の計20人が立ち、論戦が交わされた。
短期決戦により、政策ビラなどの浸透は遅れ、雪国では選挙運動の縮小も余儀なくされた。受験生に期日前投票を呼びかけたが、吟味する時間も与えずに、投票に行けと言わんばかりの姿は疑問符が付く。
政治の舞台に緊張感をもたらし、関心を持ってもらうためには、党首による白熱した討論が欠かせない。選挙戦中の唯一の場だったNHK番組に手の治療が理由とはいえ、首相が欠席したのは、その貴重な機会を奪った。
本県の衆院選投票率は1996年に小選挙区比例代表並立制が始まって以来、一度も全国平均を上回っていない。2024年10月の前回選挙は50・24%で、14年12月選挙の50・10%に次いで過去2番目に低かった。
あまりの短期間で各党の政策などをじっくり考える余裕はなかったかもしれない。それでも、改めて各党の主張を見比べ、日本は将来どうあるべきか、自らも思い描き、選挙に参加してほしい。
首相が掲げる積極財政は成長を促す可能性がある一方、将来世代にツケを残さないのか。消費税減税は多くの党が掲げ、争点として消えた感があるが、社会保障はどうあるべきか。
外国人政策に関して、各党の対策は規制強化の方向に傾きがちだが、共生の視点は欠かせない。「政治とカネ」問題は置き去りにされたままである。地方創生への姿勢、外交安保の立ち位置なども争点である。
首相は「高市早苗が首相で良いのか、国民の皆さまに決めていただく」と豪語し解散した。超短期決戦となったその決断も、大きな判断の物差しになる。
ポストする