若手の登竜門と言われる東京・浅草公会堂「新春浅草歌舞伎」では、演目前に出演者が日替わりでフリートークをする「お年玉〈年始ご挨拶〉」が恒例だ。今年、浅草に初出演した僕は、東ティモールについて5分間話し、周りに“ヒガティモ兄さん”と呼ばれるように。なぜそんなに思い入れがあるのか。
2002年5月にインドネシアから独立したアジアで最も新しい国が東ティモールで、僕の初舞台は2003年5月。せんえつながら歌舞伎俳優としての自分と、東ティモールは1歳違いで、勝手に親近感を持っているのだ。
僕が訪れたのは2024年11月。初っぱなから衝撃が走った。空港は一国の首都の玄関口とは思えないほど小規模。国旗をあしらった帽子やTシャツを身に着けて外国へ出稼ぎに旅立つ若者たちと、見送る家族の姿が見えた。
名産品は、伝統的な織物「タイス」やコーヒー豆だが、認知度はいまいち。首都以外では、なお自給自足の生活が営まれていた。しかし、そういうことを気にしない“ゴーイングマイウエー”な雰囲気が漂う。この国は5年後、10年後、どうなっているんだろう。なんだか分からないけど、強く惹かれてしまった。
歌舞伎俳優としてまだまだペーペーの僕。今回の新春浅草歌舞伎、「梶原平三誉石切」では主人公に悪態をつく憎々しい俣野五郎景久という役を初めてつとめた。女形もやる自分の持ち味とは真逆の役。普段やらない役にチャレンジすることで見えるものもあった。
浅草に向けてのテーマは「自分の色を出す」。僕の東ティモールへの思いのように、男寅の未来がなぜだか気になる…。そう思っていただける役者になれるよう、これからも精進したいと思っています。(歌舞伎俳優)
× ×
いちかわ・おとら 1995年生まれ。祖父は四代目市川左団次、父は市川男女蔵。2003年、初舞台を踏み、女形、立役両方で役の幅を広げている。
※本連載は今回で終了
ポストする










