コソボでの市川男寅(筆者提供)

 コソボの人々(市川男寅撮影)

 コソボの風景(市川男寅撮影)

 コソボでの市川男寅(筆者提供)  コソボの人々(市川男寅撮影)  コソボの風景(市川男寅撮影)

 歌舞伎では、現代では考えられないような出来事や感情を表現しなければいけないことがある。忠義のためわが子を殺したり、身分違いの恋のため命をささげたり。世界を旅していても、同じように今の日本で育った人にとって理解が難しい価値観に出合うことがある。

 大学時代に訪れた、バルカン半島のコソボ。長らくセルビアの自治州だったが、独立を目指すアルバニア系住民と、阻止したいセルビア系住民の争いが続き、激しい武力衝突を経て、2008年に独立を宣言した。

 ぱっと見はヨーロッパのきれいな田舎町。紛争の痕跡は、表面上は見えない。案内してくれた語り部は、若い世代には「民族が違っても仲良くしよう」という空気があると教えてくれた。

 ただ、墓地に行くと、紛争の犠牲者だろうか、民族の旗が飾られた墓石が。心的外傷後ストレス障害(PTSD)で薬を服用する人もいるという。表に出ないだけで傷は深く、過去は消えない。

 さまざまな権利や自由を享受してきた自分からすると、人の命より大事なものがあるだろうか、と思ってしまう。だが、民族の尊厳、あるいは身近な誰かを守るため命を落とす人は確かにいる。

 そこで思い至ったのは歌舞伎の演目。腰元浮橋として出演した「仮名手本忠臣蔵」の後日譚「菊宴月白浪」は、忠義とお家の再興がテーマだ。というと「ん?」と距離を感じてしまうかもしれない。でも大切な人やものを守ろうとするのは、どの時代にもどの世界にもあるだろう。

 遠いテーマに思えても、歌舞伎の芝居にも、きっと理解できる部分が見つけられるはず。旅をして実際に紛争の傷を垣間見たことで、未知の価値観を知った僕のように。(歌舞伎俳優)