市川男寅

 フィリピン・マニラ近郊のパヤタス=2015年(市川男寅撮影)

 市川男寅  フィリピン・マニラ近郊のパヤタス=2015年(市川男寅撮影)

 世界遺産検定1級を持つ歌舞伎界きっての旅好き俳優市川男寅。東京・浅草公会堂「新春浅草歌舞伎」にも出演する若手注目株が、歌舞伎と旅をボーダーレスにつづる。

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 幼少期の愛読書は時刻表だった。漢字は、7歳で初舞台を踏んだ歌舞伎の台本でなく、駅名で覚えた。「時刻表にはロマンがある」と生意気にも言っていたらしい。きっかけは分からないが、知らない土地に導く冒険の書を片手に、理想の旅程を組むのが日課だった。

 歌舞伎界は大きな家族のようではあるけれど、芸が第一という空気。歌舞伎が嫌いなわけでないけど、それ以外をあまりにも知らない自分に疑問があった。大学進学も「芸が遅れる」と反対されたが、祖父四代目市川左団次の「外の世界に友達をつくりなさい」という言葉に背中を押された。

 大学では「見たいんだ、世界を」というキャッチフレーズに惹かれ、世界の社会問題の啓発活動を行う学生団体に入会。いくつもの国、場所を訪ねたが、忘れられない場所がある。フィリピン・マニラ近郊にあるパヤタス。巨大なごみ山があり、住民がごみの売買で生計を立てるスラムだ。

 事前に知識は仕入れていたが、泥とごみにまみれた道や廃材で造られた家を実際に見て衝撃を受けた。満足な教育を受けられない住民はまともな職に就けず、貧困と差別の負のサイクルから逃れられない。

 生まれた場所で、運命が決まる。言葉にすれば同じなのに、彼らと自分の差は大きい。自分だからこそ、歌舞伎俳優という特殊な立場を生かして、この現実を発信できるのでは、とも思った。外の世界を見たことが、歌舞伎に取り組む、新たなモチベーションにつながった。(歌舞伎俳優)

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 いちかわ・おとら 1995年生まれ。祖父は四代目市川左団次、父は市川男女蔵。2003年、初舞台を踏み、女形、立役両方で役の幅を広げている。

※第2回は1月中旬に配信します。