
「ワイナリーを設立することによって耕作放棄地の解消、移住促進、観光振興、SDGs(持続可能な開発目標)推進に波及し、サステナブルな地域活性化につながる」。10月23日、宇都宮市内で開かれた日本ソムリエ協会県支部の栃木例会セミナーで、栃木市の大平町ぶどう団地にワイナリー開設を目指す醸造家の岩崎元気(いわさき・もとき)さん(39)は、ワイナリー開設が地域に及ぼす影響力を熱っぽく語った。
岩崎さんは同団地のブドウ農家の出身。東京外国語大を出てワインの輸入・通信販売・専門店運営を行うエノテカ(東京都港区)に就職し、長野県の軽井沢店に転勤した。そこでは近くに東御市などワイン産地があり、生産者と交流する中、渡仏してワイン醸造家になることを決意した。
2017年からフランス・ブルゴーニュのワイナリーで一労働者として働く中、ブドウ栽培、ワイン造りを行う作業の一つ一つに意味のあることが分かった。基礎から勉強したいとブルゴーニュ大大学院で醸造学を学び、24年にフランス国家醸造士(エノログ)の称号を取得し帰国した。帰国後は委託醸造でワインを造る傍ら、栃木県内の若手醸造家の交流に力を入れる。
セミナーでは、大平町ぶどう団地を事例に挙げながら、ワイナリーの影響力、「栃木ワイン」の可能性を解説した。1970年代、減反政策により付加価値の高い作物に転換したのがぶどう団地の始まりだ。現在、ブドウ畑約53ヘクタールが主に観光農園として運営され、年間約17万人が訪れている。ただ当初110軒あった農家は、2023年のアンケートでは57軒に減り、33年には高齢化と後継者不足などにより10軒が辞める意向を示していた。
この10軒が辞めると、約10ヘクタールのブドウ畑が耕作放棄地になる。ブドウ畑が放置されると、蔦(つた)、葛(くず)などが繁茂し、ジャングルのようになり、害虫、害獣、病気が広まる温床になる。観光農園が集まる団地の美観も損なわれる。「この10ヘクタールを何とかワインの力で守っていけないか、というのが僕のプロジェクト、やりたいことの核心になっている」
岩崎さんはワイナリー設立の効果を三つ挙げる。
一つ目は移住者を呼び込めることだという。栃木市でも地域協力隊などの制度を使って呼び込もうとしているが、米作、ニラ作りといってもなかなか食いついてくれない。しかしワイン造りとなると、魅力を感じて移住する人たちがいる。
代表的なのが2008年に長野県で初めてワイン特区認定を受けた東御市で、現在15軒のワイナリーが創業。「ほとんどの方々が移住者です。ワインが(要件が緩和されて)この地で造りやすくなりますよ、とアピールすることで、移住者が期待できる」と話す。栃木県内でも那須塩原市のワイン特区などで移住者が創業している。栃木市も特区の認定を受けるよう働きかけているという。
二つ目は耕作放棄地問題の解消だ。観光農園など生食用のブドウは栽培管理に手間がかかる。シャインマスカットなど高級品種を1キロ4千~5千円で販売するためには、色、粒の大きさ、楕円(だえん)形のきれいな形に整えるという「見た目」が重要で、手間がかかる。半面、ワイン用のブドウは加工用のため、見た目より高い糖度や酸味、そして色づきを重視する。
1人でブドウ畑を管理するのは、食用だと0・3ヘクタールしかできないとされるが、ワイン用だと1ヘクタールできる。「従事者が減る中、少ない人数で大平町ぶどう団地を守るには、シャインマスカットではなく、マスカットベリーAなどワイン用品種の栽培がポイントになる」と具体的構想を披露する。
3番目は観光振興だ。「ワインというのは観光と非常に相性がいい。ワインツーリズムは世界に広がる。ブドウ畑を見てきれいだなと感じながら、カフェでワインをテイスティングしておいしさを味わい、食事を楽しむために観光客が集まる」。フランスのブルゴーニュ、シャンパーニュ、ボルドーがそうだが、国内でも北海道余市町には世界中からワインを求めて観光客が訪れているという。県内でもココ・ファーム・ワイナリー(足利市)はカフェも整え、収穫祭には1万人近くが訪れる。「ワイン産地が盛り上がれば、地域活性化が期待できる」と強調した。
これら三つの効果はSDGsの広がりにもつながる。耕作放棄地の解消はもとより、大平町ぶどう団地で食用で売れ残ったブドウをリキュール加工に回して食の資源を最大限に生かし、ブドウ経営を持続可能な農業に発展させる。また地元企業と連携し、赤ワインの搾りかすに残るアントシアニンを使ってレザーを染色した雑貨品製造、小山北桜高で栽培するブドウを買い取ってのワイン製造、県内ワイナリーの連携、栃木ワインのブランド化、輸出促進も図れるという。
「大平町ぶどう団地ではワイナリー構想は20年前からあったが、さまざまな課題があり、実現しなかった。ですから20年来の夢、思いを実現したい」
10月30日には宇都宮市内で「栃木ワイン産学官連携協議会」が開かれた。生産者、行政、大学が連携して栃木県の気候風土を生かした「栃木ワイン」を広げていくことを目指し、ワインを飲みながら語り合った。
自己紹介を行う中、参加した生産者11人は課題なども打ち明けた。「ワイン用のブドウは酸味が必要だが、今、栽培しているブドウは酸味が弱い。土壌の関係だと思うので研究できたらいい」「気候が変動する中、できたブドウを醸造の視点からどうおいしくするかが課題」「悩みは害虫や獣害の対策。フェロモン剤を用いるなどの方法もあると聞いており、情報を共有したい」といった栽培、醸造技術に関する声があった。
一方、「醸造所開設を目指しているが、県内には腰を据えてワイン醸造を学べるところがない。大学で学べないだろうか」「醸造免許取得は醸造量などハードル高いので、特区を認めてほしい」「委託醸造を始めた後でも新規就農者として認めてほしい」「アルコール消費層のメインは60代だが、20~30代に下げられるよう、ワインに対する認識もマイルドにしたい」など支援の在り方も指摘した。
岩崎さんは「県内のワインの団体の必要性を感じている。さまざまなイベントにワイナリーを招こうとしても、それを受ける窓口がない。来年にはそれらに対応する任意団体をつくりたい」と語る。「来年、それらに対応する任意団体をつくりたい」と語った。業界団体は情報共有・発信や課題対応を円滑にし、地域活性化の波及に重要な役割を果たすだろう。
(伊藤一之)

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