高校時代から小説や脚本をあちこちのコンクールに出すこと30年超。
「よくそんなに続きましたね」と驚かれることもあるんですが、もはや日常生活になっていたので、特に「不断の努力」とかではないです。ブログも同じことです。
しかし、さすがに壁にぶち当たることもあり、印刷する紙ももったいないし、もうやめようかなと思ったことも多々(今ではデータ応募が普通になりつつありますね)。
かすりもしなければ諦めもついたんですが、たまに一次選考を通過することもあり、そのときの高揚感というのは他に代えがたいものでありまして、やっぱり続けてしまうんですね。
特に最終選考に残ると、主催者から確認電話がかかってくるので(例外もあり)、応募してから発表までの間に、東京の市外局番である「03」から始まる番号から着信があると、心臓がバクバクしたものです。セールスだったこともありますが。
ちなみに、最終選考結果の連絡方法については、主催者によりマチマチでした。
受賞した場合だけ連絡が来る賞もあれば、結果に関係なく通知してくれる主催者もありました。最終選考の連絡すらすっ飛ばしていきなり受賞の連絡があったのも1社。
公募生活30年で、受賞に至ったのは3回、最終選考止まりは3回、3次選考通過は1回、1次選考通過は5~6回でした。
受賞といっても、1位なしの3位と、努力賞のみ。
そんな感じで、賞にはほとんど無縁だった私が初めて大賞をいただいたのは2021年。小学館主催の第3回「日本おいしい小説大賞」でした。

しかし、この時はコロナ禍のまっただ中。
第1回の時に開催された「授賞式」は、第2回は無かったそうで(ちなみにこの時私の作品は最終選考止まりでした)、第3回についても開催されないとのこと。
小学館内で花束と賞状をいただけたし、人前に出るのも苦手だし、それはそれでいいと思っておりました。
が、しかし。
私は後で、知ってしまったのです。

一般的に、文芸賞の授賞式というものは他社の編集者も参加するので、名刺交換ができるとのこと。ここから、次の作品につながっていくこともあるのだとか。
私には、これができなかった。
つまりは、2冊目、3冊目につながっていく手掛かりがない。
その前年にデビューした作家さんたちに至っては、授賞式どころか緊急事態宣言のど真ん中。リアル書店が休業してしまったので、店頭で本を手に取ってもらうこともできず、非常に辛かったと伺いました。
コロナ……許すまじ!
と怒っても仕方がありません。
しかし、デビュー作を読んでくださった他社の編集者さんが声をかけてくださって「ナカスイ!」を出すことができ、「ナカスイ!」を読んでくださったまた他社の編集者さんから連絡をいただいたり、なんとか細い糸がつながってます。
それでも、ああ、授賞式……。一度くらいは体験してみたいものです。
