川崎重工業の前身である川崎造船所の初代社長を務めた松方幸次郎(まつかたこうじろう)は、明治の元老で首相を2度務めた松方正義(まつかたまさよし)を父に持つ。幼いころから神童と呼ばれ、長じては「造船王」と呼ばれた▼西洋美術品の収集にも情熱を傾けた。1916~27年ごろに欧州各地で集めた美術品は約3千点。浮世絵約8千点も買い戻した▼一説によると、この「松方コレクション」は現在の貨幣価値に換算すれば900億円以上になるという。この作品群は世界大恐慌と戦争などで、数奇な運命をたどる▼国内に輸送されていた美術品の一部は、金融機関に差し押さえられ散逸した。ロンドンの倉庫に置かれていた作品は、原因不明の火災で焼失した。フランスに保管されていた作品は、第2次世界大戦で敵性財産として接収されてしまった。このうち370点は戦後日本に返還され、国立西洋美術館所蔵となる▼県が3億6千万円で購入を決め、4月に公開するアルフレッド・シスレーの絵画「冬の夕日」は、国内で散逸し行方が分からなくなっていた一つと推定される。現在の所有者は仲介する画商が公表していないため、県も「国内の法人としか知らない」という▼松方コレクションの全容はいまだ明らかでない。シスレーの名画も歴史の闇に埋もれかけていた。県民の財産となるのは奇跡と言うべきか。