那須連山の東南側中腹、標高約550メートルの那須町高久丙に位置するワイナリー「NASU 661 WINE HILLS(那須661ワインヒルズ)」。運営会社の農地所有適格法人ロイヤルベリーズファームの室井秀貴(むろい・ひでき)社長(71)が、100年後にも那須の景観を残したいという思いから拠点として整備した。那須の自然と共存しながら「那須にあるモノから世界にないモノづくり」を掲げ、「オールサステナブルなワイナリー」を目指している。11月の収穫祭には、約91ヘクタールに及ぶ自然林内で長年整備してきたブドウなどの畑や散策路を初めて公開する予定。那須の自然を体感し、地元の食材とワインを合わせる至福のひとときを提案する。

2022年7月にオープンした「那須661ワインヒルズ」のショップ施設とブドウ畑=那須町
2022年7月にオープンした「那須661ワインヒルズ」のショップ施設とブドウ畑=那須町
「100年後に那須の景観を残していきたい」と語る室井社長=那須町
「100年後に那須の景観を残していきたい」と語る室井社長=那須町

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 室井社長は黒磯市(現那須塩原市)で1926年に創業した酒販店「室井商店」の3代目。大学に進学したが、父、祖父が亡くなり、中退して後を継いだ。しかも残された借金5千万円というマイナスからのスタートだった。80年、25歳の時、店をコンビニエンスストアの原型ともいえる深夜まで営業するコンビニエンスリカーズ形態に改修。繁盛する中、那須観光で立ち寄った客が土産品として雑貨も購入する需要に着目した。

1982年に那須高原りんどう湖ファミリー牧場向かいに出店したグッズ店とレストラン=那須町
1982年に那須高原りんどう湖ファミリー牧場向かいに出店したグッズ店とレストラン=那須町

 ファンシーショップとレストラン併設店の事業計画書を作成し、銀行から7千万円の融資を受け、82年、那須高原りんどう湖ファミリー牧場向かいに出店。初年度1億1千万円の売り上げを達成し、商才を発揮した。84年には県北初めて「セブン-イレブン」の出店を開始。憧れだった米国への旅行を80年に実現したのを機に、カリフォルニア州のある町のもてなしの心やまちの美観に引かれ、88年には那須街道沿いに米国風ショッピングパーク「661STREET」を開店した。またハンバーガー、レンタルスキー、オンデマンド刺繍の各ショップなど県内外に計20店舗を展開した。

米国風のショッピングパーク「661STREET」=那須町
米国風のショッピングパーク「661STREET」=那須町

 しかし98年8月、総雨量が5日間で1200ミリに達する「那須水害」に見舞われた。高久丙のファンシーショップや隣接地で前日に完成したばかりのブルーベリーなどのガーデン約4千平方メートルには土砂、流木が流れ込み、「夢の残骸」(室井社長)だけが残った。流木などを除いたが、室井社長は「無残なガーデンを見たくない。それが正直な気持ちでした」と当時を振り返る。

 翌年4月、那須高原にも遅い春が訪れ、久々にガーデンに足を踏み入れた。すると、ブルーベリーが10本芽吹いていた。「費えたと思った情熱、夢が再びよみがえった」。この「奇跡のブルーベリー物語」が活動の原点となった。那須高原の土と太陽に育まれたブルーベリーを通じ、健康な暮らしを提案することを「私の仕事」に据えたという。

 2003年にはロイヤルベリーズファームを立ち上げるなど果樹栽培を拡大。ブルーベリージャム製造などの6次産業化を本格化させ、県内酒造業者と協働によりブルーベリーワインも商品化した。

今年から生食用に出荷しているブルーベリーの収穫光景=那須町
今年から生食用に出荷しているブルーベリーの収穫光景=那須町

 しかし再び大きな試練が襲ってきた。11年3月11日の東日本大震災だ。那須町は震度6弱の激しい揺れに見舞われ、大きな被害が出た。さらに、東京電力福島第1原発事故による放射性物質の飛散が追い打ちをかけた。客足は途絶え、観光事業は休眠状態に陥った。何より農業法人に甚大な影響を及ぼしたのは、「耕作自粛」が6年も続いたことだ。

 この間、室井社長は長年の夢だったワイナリー構想を固めていく。26年の創業100周年を見据え、「100年後の那須に残したもの~NASUから世界へ」と題した計画の重点項目に「究極の6次産業化(農業・工業・販売+観光+サービス)」「サステナブル」「SDGs(国連の持続可能な目標)具現化」「自然保護→メガソーラー、耕作放棄地対策」などを掲げた。

 特に耕作放棄地や別荘跡地は黙っているとメガソーラーに転用され、那須の里山の自然が一変してしまうことに神経をとがらせた。積極的に取得や借り受けて開発を阻止。ブルーベリー、ブドウなどの畑に再生し、植栽を続けた。

耕作放棄地を再生させ、青々と茂るブドウ畑。奥はホテル「グランドメルキュール那須高原」=那須町
耕作放棄地を再生させ、青々と茂るブドウ畑。奥はホテル「グランドメルキュール那須高原」=那須町
伸びてきたブドウの枝を摘む摘穂作業=那須町
伸びてきたブドウの枝を摘む摘穂作業=那須町

 ワイナリーの具体化に向けては、単にブドウのワインだけを目指すのではなく、米国で見たブドウとさまざまな果実を混ぜて醸す自由な雰囲気の第三のワインの醸造も重点項目の一つに入れた。那須の開拓ではかつて果樹を植えた人がおり、これらの果実に着目。「温暖化が進み、ブドウの収量が減った時にも那須の果実を合わせることで対応できるよう考えた」。那須高原産のブルーベリーを軸に、ブドウとリンゴ、ナシ、ユズなど地元産の果実を混和すれば、フルーティーで個性的、スタイリッシュなワインに仕上がると想定した。同時に那須高原の文化や風土にワインのある新たな生活「カントリー・ジェントル・ライフ」を提案。その上で那須町にワイン特区の認定申請を働きかけた。

ブドウとさまざまな果実を混和して醸したワイン=那須町
ブドウとさまざまな果実を混和して醸したワイン=那須町

 17年12月、国から「那須町どぶろく・ワイン特区」の認定を受けた。自家製どぶろくの活用やワイナリー施設の整備を通じ、農業と観光を連携させて地域活性化を図るのが狙いだ。ロイヤルベリーズファームは翌18年、ワイン醸造免許を取得し、自ら醸造に乗り出した。

 20年にはワイナリー拠点施設「那須661ワインヒルズ」を着工した。建物には震災などで排出された大谷石材7万本、古材などを活用した。売り場面積は約750平方メートル。ワインや食品、雑貨などカントリー・ジェントル・ライフを楽しむ豊富な品々、16種のワインをテイスティングできる試飲コーナー、グリル料理を味わえるテラスなどを備え、22年7月にオープンした。

ワインが豊富に取りそろえて陳列されている那須661ワインヒルズのショップ=那須町
ワインが豊富に取りそろえて陳列されている那須661ワインヒルズのショップ=那須町
16種がテイスティングできる那須661ワインヒルズの試飲コーナー=那須町
16種がテイスティングできる那須661ワインヒルズの試飲コーナー=那須町

 通常のワイナリーでもブドウ畑、醸造所、貯蔵庫を見学させ、試飲できるところはある。ただ那須661ワインヒルズはこれらのほか、ブドウや果樹畑、再生した里山の小川や自然林を巡ることで、那須ならではのワインを感じ取れるようにする。林野の中腹には大きな岩の「神座(しんざ)」「岩座(いわざ)」が神秘的な雰囲気も醸しており、那須火山帯の一面にも触れられる。

整備された自然林内の遊歩道=那須町
整備された自然林内の遊歩道=那須町
山菜などが芽吹いている春の里山の自然林を案内する室井社長=4月、那須町
山菜などが芽吹いている春の里山の自然林を案内する室井社長=4月、那須町

 これら里山の表情は、季節によって変わる。春にはタラの芽など豊かな山菜が取れ、天ぷらやおひたしでワインを味わえる。ホタルが舞う夏には、採ってきたキノコを焼いてワインとペアリングに浸れる。秋には新米を釜でたいたご飯や地元の野菜や肉で豊穣の秋とワインを味わえる。

 室井社長は「うちのワインは里山を散策して那須の自然を感じ取ってもらった上で那須の食材とともに味わっていただきたい」と勧める。初公開する11月7、8日の「収穫祭」には、植物ガイド付きでじっくりと里山を散策する約4時間から約1時間などいくつかのコースを用意する予定。

整備が終了し、11月の収穫祭で公開される那須661ワインヒルズの案内図
整備が終了し、11月の収穫祭で公開される那須661ワインヒルズの案内図

 那須は登山や「那須平成の森」などでハイキングを楽しめるが、那須らしい里山の散策とワインを楽しむ組み合わせは初めてになる。那須の新たなワインの魅力の触れ方に多くのファンを引き付け、またワインのある生活が地域に根付くことを期待したい。