中村祥子=東京都品川区

 インタビューに答える中村祥子=東京都品川区

 インタビューに答える中村祥子=東京都品川区

 「瀕死の白鳥」を踊る中村祥子(「BALLET TheNewClassic2022」より 撮影・相澤裕史)

 「瀕死の白鳥」を踊る中村祥子(「BALLET TheNewClassic2022」より 撮影・相澤裕史)

 中村祥子=東京都品川区  インタビューに答える中村祥子=東京都品川区  インタビューに答える中村祥子=東京都品川区  「瀕死の白鳥」を踊る中村祥子(「BALLET TheNewClassic2022」より 撮影・相澤裕史)  「瀕死の白鳥」を踊る中村祥子(「BALLET TheNewClassic2022」より 撮影・相澤裕史)

 日本を代表するバレエダンサーで、国内外の名だたるバレエ団でプリンシパルを務めた中村祥子(SHOKO)が7月末から8月にかけ、古典「眠れる森の美女」を象徴する演目「ローズアダージョ」で舞台に立つ。

 ローズは、16歳になり美しく成長したオーロラ姫が4人の王子から求婚される場面の踊り。クラシックバレエの高度なテクニックと輝くばかりの華やかさが求められる。

 ウィーン、ベルリン、そして日本へ。これまでダンサーとしての節目でローズを踊ったというSHOKOには「それぞれに思い出がある」という。40代の今「咲き誇ったバラの、その先の美しさを表現してみたい」と新たな解釈で名作に挑む。(取材・文 共同通信=中井陽 インタビュー写真=安藤由華)

(1)言葉がない中で会話する

―最初にこの踊りで舞台に立ったのは? 

SHOKO 6年間在籍したウィーン国立バレエ団を去る間際でした。初めてプロとして入団したバレエ団でした。ピーター・ライト版で、フレッシュな気持ちでエネルギッシュに踊れたけれど、まだ振り付けをなぞっていく踊り方をしていたと思います。移籍が決まっていたので、舞台はお客さまからの花束がたくさんあふれていました。

―次に踊ったのが、SHOKOさんを高く評価していた世界的なダンサーのウラジーミル・マラーホフが芸術監督を務めていたベルリン国立バレエ団で。2007年にプリンシパルに昇格しました。

SHOKO マラーホフによる振り付け・演出の舞台で、衣装のデザインも凝っていて、かわいらしいファンタジーの世界という感じでした。ベルリンでは、結婚し出産を経て子育てしながら復帰しました。舞台上にいる他のダンサーとエネルギーを与え合い、言葉がないバレエの中で自然に表現できる、空気感で会話するような踊りが深まってきた頃でした。

 3度目が帰国後、Kバレエカンパニーの熊川哲也版でした。そのころは30代だったので、3幕はよくても(ローズアダージョの)1幕のオーロラをどう踊ったらいいのか少し壁を感じました。

(2)バラになる衣装

―4度目となる今回が、「POLA presents BALLET TheNewClassic 2026(BTNC)」の公演で、ダンサーで振付家の堀内將平さんと共に作り上げるローズですね。

SHOKO 16歳という設定の踊りを、今の私がどう表現するのかというところから試行錯誤が始まりました。ファッションデザイナーのKAKANさんが作ってくれたのが、私がバラになる衣装なんです。

―そのバラを取り囲むのが、4人の王子ではなく7人の男女という設定です。

SHOKO KAKANさんには7人がミツバチみたいにバラに集まってくるというイメージがあるようです。咲き誇るバラも美しいけれど、はらはらと花びらが落ちる瞬間、落ちた瞬間に残る美しさもある。そぎ落としていく美しさ。それは何だろうと考えました。

 ローズアダージョにはアティテュードやエカルテといった決まった振り付けがあって、それを同じにならないように崩すことができるのかという課題に向き合っています。そして、今この年代になってまた何か一つ乗り越えなくてはいけないステージがある気がするんです。違った表現の仕方がどこまで通用するのかって。

―高いテクニックや身体能力だけでない部分に残る表現でしょうか。

SHOKO ただ足を高々と上げて(トゥシューズで立つ)ポワントで高度なバランスをして「わぁ、すごい」と思われるというだけではない奥深さがバレエにはあると思うんです。もちろん、そうした技術も大切だけれど、でもそこから先に見える何かにつなげたい。その追求が今回ローズを踊るにあたって挑戦できそうかなと思いました。

―「若さの芸術」といわれるバレエで、ダンサーとしての体は年を経るごとに変わっていきます。

SHOKO ダンサーの多くは若い時と同じようにできなければ駄目だと思い込んでしまいます。「今までのようにこれができないと」って。でも20代と全く同じようにはできない。ダンサーが一番大変な部分って過去との戦いだと思うんです。

 アスリートもそうかもしれないのですが、ストイック過ぎて今の自分を受け入れられない。自分を苦しめてしまうんです。もっと今の自分が何を表現したいかということに耳を澄まさないと、と思っています。

―「BTNC」は今回で3回目ですが、第1回目から毎回出演されています。

SHOKO BTNCは正直、自分を奮い立たせないと務まらないと感じています。新しいバレエを作り上げようということで、一から作品に関わるので、ダンサーにとっては決まった振りを与えられて練習するのとは全然違うんです。

―第1回目の公演では、名プリマたちが踊ってきた、生と死を表現したソロバレエ「瀕死の白鳥」を踊りました。

SHOKO 「瀕死―」は、ずっと踊り続けたいと思っている作品です。経験を通して変化し続けられるのがこの作品だと思うので、私自身にしかない「瀕死―」を追求したいと思っています。

―「Chika Kisada」の衣装も印象的でした。

SHOKO 動物愛護の観点から羽は一切使わずに、チュチュの上に真っ白な生地がワサッとかかっているのですが、それを着ると動くだけでカサカサと本当に羽がこすれるような音がする。ボディーにはビニールのコルセットが入っていて、本番の前に早めに着て動くと、中がサウナ状態になって水滴が無数につくんです。それがステージで照明に当たるとまるで白鳥が羽ばたく時に散る水しぶきのようなんです。

 そういう、異なるジャンルの新たな出合いが、インスピレーションを生むというか、自分も知らない何かを引き出してもらえる。

 ダンサーは自分を変化させ成長したいという欲をいつも持ち続けていると思います。

 たとえば、ベルリン国立バレエでは、「白雪姫」の演目で、有名なデザイナーのジャンポール・ゴルチエによる衣装を使いました。海外ではそういうコラボレーションが多くて、BTNCもそうした、さまざまなジャンルの才能が集まる本当の「総合芸術」を目指しているのではないかと思います。

(3)ステージ用のヘアスタイルで病院へ

―ローザンヌ国際バレエコンクールで受賞されてからずっと海外を中心に、数々のバレエ団で活躍されてきました。言葉や文化の違いもあったのではないでしょうか。

SHOKO 「たいへんが当たり前=バレエ」というか…。普通だと思っていました。ジョン・クランコ・スクールでは、それこそ他のダンサーたちも皆母国語しかしゃべれなかったので、皆それぞれ違う言語で何かしらコミュニケーションを取った感じです。皆同じくらいの年代だったし、とてもインターナショナルな環境でした。

―今は若いダンサーは積極的に海外で踊る道を探っています。

SHOKO さまざまな作品や振付家に出会い、家族から離れた場所で自立していくには海外に出ることはすごく良い経験になると思います。でも、海外に出なくては成長できないと言うことではないと思います。

―ベルリンの時に結婚されて2011年に出産も経験し、子育てをしながらダンサーを続けたことも、当時日本のダンサーではまだ珍しかったですね。

SHOKO ちょうど東日本大震災の年でした。里帰りをしていて、赤ちゃんをだっこしながら大変なことになったと思っていました。その時にパリで開く震災の復興チャリティー公演に出演依頼があり、それを目標に体を元に戻しました。

―ハードですね。

SHOKO まだ小さいときは、一緒に砂場で遊んで「じゃあ公演に行ってくるね」と子どもを預けたり。そしてなぜか公演があるときに子どもが熱を出してしまうんです。だからステージ用にカチカチに固めた髪の毛のまま、メイクだけばっと落として子どもを救急病院に連れて行ったりということも何回もありました。

 でもヨーロッパでは当時から子育てしながら踊るダンサーは割といたんです。リハーサルのスタジオで、鏡の前にずらりと小さな子どもたちがいてパパママを眺めていたりしましたよ。

 バレエと子育て、両方に時間を注ぐことになって鍛えられましたし、海外で過ごしたことも、結婚や子育ての経験もあって、表現が深まったと思っています。

(4)指先一つにまで心を映す

―ずっと第一線で踊り続けています。

SHOKO 本当に踊りが好きで、踊りで表現ができるということに喜びを感じ続けてきました。

 私自身はバレエはお客さまに見せるということから始まるのではなくて、舞台上で何が起こるか、ダンサー本人たちがどういう状況で何を感じて、その相乗効果でどういうファンタジーを作り上げられるかと言うことが大事だと感じます。

 それで初めて見てくれる人たちに伝わることがあると思います。

―そうやって踊り継がれてきた作品に今のダンサーが息を吹き込むのですね。

SHOKO 自分が思ったことを踊りにつなげないと、ただの振りになってしまうんですよ。今まで自分の踊りに完璧だと思ったことはなくて、いつも「こうすれば良かったかな」「こうもしてみたい」と思い続けてきました。「変わりませんね」と言われるけれど年齢を経て変わらないってことは絶対にない。でも、指先の動き一つにまで心を映すには、これまでの経験の一つ一つが宝物になると思っています。今の私だからできる表現にチャレンジし続けたいと思っています。

【なかむら・しょうこ】佐賀県出身。6歳よりバレエを始める。1996年、ローザンヌ国際バレエコンクールでスカラシップ賞を受賞。2000年からウィーン国立バレエ団に入団し、06年にベルリン国立バレエ団に移籍。07年にプリンシパルに昇格。13年にハンガリー国立バレエ団にプリンシパルとして移籍後、15年からは日本を拠点とし、Kバレエカンパニー(現K‐BALLET TOKYO)ゲストプリンシパルとして活躍。20年からは同カンパニーの名誉プリンシパルとなり、現在はフリーで活動中。16年に第66回芸術選奨 文部科学大臣賞(舞踊部門)、18年に第39回橘秋子賞優秀賞を受賞。20年に第34回服部智恵子賞を受賞している。

 中村祥子出演の公演「POLA presents BALLET TheNewClassic 2026」は、いずれも東京・新国立劇場で7月30日、31日、8月1日、2日で、計6公演。