1.ポイント
・複合金属酸化物を前駆体とした電気化学還元により、熱力学的平衡状態では得られない準安定相の銅–インジウム金属間化合物CuIn2をナノ粒子として初めて合成することに成功した。
・複合金属酸化物からの酸素脱離を伴う非平衡構造再編成によってCu2Inコア/CuIn2シェル構造が形成された。その結果、得られた粒子は二酸化炭素(CO2)還元反応において水素発生を強く抑制する特徴的な反応選択性を示した。
・本成果は、電気化学反応を利用して熱力学的安定相では得られない準安定な金属間化合物を創製する新しい材料設計指針を示すものであり、次世代触媒や機能性材料の開発への展開が期待される。
2.概要
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202607011846-O5-L1rGtRqL】
図1.電気化学的な非平衡構造再編成を利用した準安定な金属間化合物CuIn2を含むナノ粒子の合成。相図は、物質・材料研究機構(NIMS)のデータ中核拠点が提供するMatNaviから、Okamoto, H.; Massalski, T. Binary Alloy Phase Diagrams; ASM 617 International: 1990; Vol. 12, pp 3528−3531.に記載のデータを用いた図を引用。
材料の相図(注1)には現れない準安定相(注2)を創製することは、新しい機能材料の開発につながる重要な課題です。東京都立大学大学院理学研究科 吉川聡一助教と北海道大学触媒科学研究所 宮崎玲助教らの研究グループは、電気化学反応を利用することで、準安定な銅(Cu)–インジウム(In)金属間化合物(注3)CuIn2をナノ粒子として初めて合成することに成功しました。
研究チームは、複合金属酸化物Cu2In2O5を前駆体としてCO2還元反応(注4)を行うことで、Cu2Inコア/CuIn2シェル構造を有する複合ナノ粒子が形成されることを発見しました。得られた粒子はCO2還元反応において水素(H2)発生反応(注5)を顕著に抑制する特徴的な反応選択性を示しました。
本成果は、複合金属酸化物の電気化学的構造変換を利用して、従来の熱平衡論的な材料合成法では得られない準安定な金属間化合物を創製できることを示したものであり、新しい触媒や機能性材料の開発につながることが期待されます。
本研究成果は、2026年7月1日付(日本時間)で米国化学会(American Chemical Society)が発行する学術誌「The Journal of Physical Chemistry Letters」に掲載されました。
なお、本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 ACT-X トランススケールな理解で切り拓く革新的マテリアル(JPMJAX23D7)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(JP24K17562, JP24K17554, JP24K01259, JP24H02217, JP24A202)の支援を受けて行われました。
3.研究の背景
金属間化合物は、異なる金属元素からなる合金材料の中でも、金属元素が規則正しく配列した物質であり、触媒や電子材料など幅広い分野で利用されています。特に、熱力学的には安定でない「準安定相」は、安定相にはない特異な電子状態や反応特性を示す可能性があることから、新しい機能材料として注目されています。しかし、準安定相は容易に安定相へ変化するため、その合成は一般には困難です。
近年、電気化学反応によって、熱力学的平衡状態では得られない金属相や金属間化合物相が形成されることが報告されています。このような非平衡反応は新規材料創製の有力な手法として期待されています。
CuとInからなる金属間化合物は、CO2還元触媒として優れた特性を示すことが知られています。一方で、Cu–In二元系相図には現れない準安定な金属間化合物CuIn2は、これまでスパッタ薄膜中のCu/In界面でのみ観測されており、粒子状材料としての合成例は報告されていませんでした。
そこで本研究では、CuとInを原子レベルで均一に含む複合金属酸化物に着目し、電気化学還元による非平衡構造再編成(注6)を利用することで、相図には存在しない準安定なCu–In金属間化合物CuIn2の創製に挑戦しました。さらに、得られた準安定相の構造とCO2還元反応特性との関係を明らかにすることを目的としました。
4.研究の詳細
研究グループは、CuとInを含む複合金属酸化物に着目し、その電気化学還元過程で生じる構造変化を調べました。Cu2In2O5はCuとInを原子レベルで均一に含む複合金属酸化物であり、還元時の局所的な原子配列に起因して、通常の熱力学的平衡状態では形成されない新しい金属間化合物が生成する可能性があります。
そこで、Cu2In2O5を電極触媒として用い、CO2還元反応条件下で電気化学還元を行いました。還元前後の試料についてX線回折測定や電子顕微鏡観察を行った結果、還元後の粒子には熱力学的に安定な金属間化合物Cu2Inだけでなく、Cu–In二元系相図には存在しない準安定な金属間化合物CuIn2が形成されていることが明らかになりました。
さらに、走査透過電子顕微鏡(STEM)と元素分析(EDX)を組み合わせた解析により、粒子表面にはInを多く含むCuIn2層が形成され、その内部にCu2Inが存在する「Cu2Inコア/CuIn2シェル構造」を有することが示されました。CuIn2はこれまでスパッタ薄膜中のCu/In界面でのみ観測されており、粒子状材料として得られた例はありませんでした。本研究は、電気化学的な非平衡反応を利用することで、準安定相のCuIn2を粒子として合成できることを初めて示したものです。
形成したCuIn2相の安定性を調べるため、電解後の試料を523 K(250℃)で熱処理したところ、CuIn2は消失し、代わりに安定相であるCu11In9と酸化インジウム(In2O3)が生成しました。一方、この熱処理後の試料を再び電気化学還元すると、CuIn2相が再形成されることが確認されました。この結果は、CuIn2が熱力学的に安定な相ではなく、電気化学的な非平衡環境下で生成した準安定相であることを示しています。また、前駆体由来の局所的なCu–In原子配列が、CuIn2形成に重要な役割を果たしていることも示唆されました。
得られた粒子のCO2還元性能を評価したところ、競争反応であるH2発生反応が大きく抑制され、一酸化炭素(CO)およびフォルメート(HCOO⁻)を選択的に生成することが分かりました。特に低過電圧条件ではCO生成が優勢であり、高過電圧条件ではHCOO⁻生成が増加する特徴的な反応挙動を示しました。
さらに理論計算により、CuIn2表面ではCOとH原子が同じCuサイトへの吸着を競合することが示されました。このため、COが吸着するとH吸着が抑制され、H2発生反応が起こりにくくなったと考えられます。また、HCOO⁻生成に関連する中間体もCuIn2表面で安定化されることが示され、実験で観測された電位依存的な生成物変化とも整合する結果が得られました。
これらの結果から、複合金属酸化物の電気化学的還元によって生じる非平衡構造再編成を利用することで、従来の熱平衡的な合成法では得られない準安定な金属間化合物を創製できることが明らかになりました。本研究は、電気化学反応を単なる触媒反応の場としてではなく、新しい機能性材料を創製する手法として活用できる可能性を示す成果です。
5.研究の意義と波及効果
本研究の最大の意義は、熱力学的平衡状態では存在しない準安定な金属間化合物を、電気化学反応を利用してナノ粒子材料として創製できることを実証した点にあります。これまで、金属間化合物の合成は、相図に基づく熱力学的に安定な相が中心であり、準安定相をバルクあるいはナノ粒子として得ることは極めて困難でした。一方で、準安定相は安定相とは異なる電子状態や原子配列を有することから、従来材料にはない触媒特性や電子機能を示す可能性が期待されています。
本研究では、Cu–In複合酸化物Cu2In2O5の電気化学還元過程において生じる非平衡構造再編成を利用することで、Cu–In二元系相図には存在しない準安定な金属間化合物CuIn2をナノ粒子として形成できることを示しました。これまでCuIn2はスパッタ薄膜中のCu/In界面でのみ報告されていましたが、本研究により実用的なナノ粒子材料として取得できることが初めて明らかになりました。
さらに、形成したCuIn2を含む複合粒子は、CO2還元反応において競争反応であるH2発生反応を顕著に抑制する特徴的な反応選択性を示しました。この結果は、準安定な金属間化合物が従来の安定相とは異なる触媒機能を発現し得ることを示しており、新たな触媒材料設計の可能性を示唆しています。
本研究で示した「複合金属酸化物の電気化学的還元による非平衡構造再編成」という考え方は、Cu–In系に限らず様々な金属間化合物系やその他の材料創製へと展開できる可能性があり、従来の平衡論的な材料探索では到達できなかった組成や構造を有する新奇金属間化合物の創製につながると期待されます。
今後は、他の複合金属酸化物への適用や反応過程の詳細解明を進めることで、未知の準安定相の探索や高機能触媒材料の開発が期待されます。また、本研究で示した材料創製手法は、触媒分野だけでなく、電子材料、磁性材料、エネルギー変換材料など幅広い機能性材料研究への波及効果が期待されます。
6.用語解説
(注1)相図(Phase diagram)
物質の組成や温度に応じて、どの結晶相が安定に存在するかを示した図。材料開発では重要な設計指針であり、本研究で得られたCuIn2はCu–In相図には現れない準安定相である。
(注2)準安定相(Metastable phase)
熱力学的に最も安定な状態ではないものの、一定条件下で存在できる物質の状態。安定相とは異なる原子配列や電子状態を持つため、新しい機能の発現が期待される一方、合成や保持は困難である。
(注3)金属間化合物(Intermetallic compound, IMC)
2種類以上の金属元素が一定の組成比で規則正しく配列した物質。単なる合金とは異なり、特有の電子状態や結晶構造を持つため、触媒や電子材料など幅広い分野で利用されている。
(注4)二酸化炭素還元反応(CO2RR)
電気化学反応を利用して二酸化炭素を一酸化炭素(CO)やフォルメート(HCOO⁻)などの有用な化学物質へ変換する技術。カーボンリサイクルを実現する手法として注目されている。
(注5)水素発生反応(HER)
水中の水素イオンや水分子から水素ガスを生成する電気化学反応。CO₂還元反応では競争的に進行するため、目的生成物の収率低下を招くことが多い。
(注6)非平衡構造再編成(Non-equilibrium restructuring)
電気化学反応などによって原子配列が急速に変化し、熱力学的平衡状態では形成されない構造が生じる現象。本研究では、この過程によって準安定な金属間化合物CuIn2が形成された。
7.論文情報
掲載誌:The Journal of Physical Chemistry Letters
タイトル:Non-Equilibrium Electrochemical Synthesis of Cu–In Intermetallic Compound Nanoparticles for Selective CO2 Reduction
著者: Soichi Kikkawa*, Tatsuya Koubayashi, Toshiaki Oka, Ray Miyazaki, Jun-ya Hasegawa, Hideyuki Kawasoko, Seiji Yamazoe(*責任著者)
DOI:10.1021/acs.jpclett.6c01116
URL:https://doi.org/10.1021/acs.jpclett.6c01116
「作れない」はずの合金材料を合成—CO₂を資源に変える新触媒の可能性
東京都公立大学法人
14:00
ポストする


