米軍統治下の1959年、沖縄県石川市(現うるま市)の宮森小に米軍嘉手納基地のジェット戦闘機が墜落し、児童や住民ら200人超が死傷した事故から67年となった30日、同校で追悼集会が開かれた。児童らが「あの日のことを私たちは忘れません」と記憶の継承を誓った。
祖父が当時、周辺に住んでいたという6年の島袋優花さん(11)は「周りの建物が倒れていって怖かったと聞いた。二度と起きないでほしい」と願い、同松本奏瑛さん(11)は「多くの人が心に傷を負ったと思う」と話した。
59年6月30日午前10時40分ごろ、戦闘機は住宅を巻き込み、校舎に突っ込んだ。児童11人と住民6人が亡くなり、負傷者のうち1人が後遺症で死亡した。
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