第175回直木賞の候補作が発表され、お笑いコンビ「オードリー」の若林正恭さんの小説『青天(あおてん)』(文芸春秋)がノミネートされた。これまでに3作のエッセー集を手がけてきたが、小説の刊行は初めて。自身が高校時代に打ち込んだアメリカンフットボールを題材にした青春小説だ。
純文学の短編、中編が対象で新人賞に当たる芥川賞と異なり、定評のある書き手のエンタメ作品を顕彰する直木賞に、作家を本職としない書き手の初小説がノミネートされるのは珍しい。他の候補作には、本屋大賞受賞作家・凪良ゆうさんの『多類婚姻譚』や、山本周五郎賞に決まったばかりの蝉谷めぐ実さんの時代小説『見えるか保己一』など人気作家の勝負作がそろう。(共同通信=平川翔)
▼「誰にも無視されない」
「青天」の主人公「アリ」こと中村昴は、総大三高のアメフト部に所属する高校生。3年の春の大会で強豪校と当たり、完膚なきまでに叩きのめされる。一度は引退するが、ゲームセンターや雀荘で淀んだ日々を送るうちに、ふつふつと胸の奥に湧き上がる思いを抑えられなくなり、後輩たちのチームに再び合流する。
アメフトの作戦やプレーの描写は細かく、ルールを知らない人にはなかなか分かりにくい部分もある。それでも問題なく物語を楽しめるのは、主人公がアメフトに魅力を感じている理由が純粋で、心を打つからだ。
「ボールのキャリーになった瞬間、注目が一身に注がれる。誰にも無視されない。この世界で俺が要注意人物になれる唯一の時間だ」
あくまで小説の世界だが、読者の多くは主人公をテレビやラジオで活躍する若林さんと重ねて捉えるだろう。また、どことなく相方の春日俊彰さんを彷彿とさせるキャラクターも登場し、にやりとさせられる場面もある。
▼ぶつかることを描く意味
タイトルの「青天」とは、「アメフトにおいて、仰向けに倒されること」で「最も屈辱的な状態」と作中で説明される。だがそれは、立ち向かうべき相手と正面からぶつかった結果でもある。
「言葉だけの世界だったら、いくらでも言い訳できるし、実際、する」「100万語の熱い言葉なんかより、一発ふっ飛ばす方がよっぽどモノを言う」
時に暴力的なまでに「誰かとぶつかる」ことを描く本作は、他者との距離をうかがいながら慎重に人間関係を築くことが求められる現代に若林さんが投げかける“コミュニケーション論”のようにも映る。アメフト部のミーティングで、どうやって部員の奮起を促すかを語る主人公の言葉が心に残る。
▼90年代東京のリアリティー
作品の舞台として描かれる1990年代後半の東京の空気も印象的だ。作中の高校生たちはたばこは吸うし、自分たちでピアスの穴を開けようとするなど決して品行方正ではない。だがどの登場人物も、現実の教室にいたようなリアリティーがある。
さらに主人公の内面にリンクして引用される「THA BLUE HERB」や「餓鬼レンジャー」といった日本のヒップホップレジェンドたちのリリックも、物語を加速させるのに一役買っており、ヘッズ(=ヒップホップファン)たちの心情をくすぐるだろう。
直木賞の選考会は7月15日に行われ、夜には受賞作が決まる。他の候補作は、3度目のノミネートとなった朝倉かすみさんの『けんぐゎい』、デビュー以来多くの文学賞を受賞している蝉谷めぐ実さんの『見えるか保己一』、代表作『汝、星のごとく』の映画化が控える凪良ゆうさんの『多類婚姻譚』、『三千円の使いかた』がベストセラーとなった原田ひ香さんの『#台所のあるところ』の4作品。
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