長崎県の雲仙・普賢岳で消防団員や警察官、報道関係者ら43人が亡くなった大火砕流から35年となった3日、麓の島原市では関係者らが犠牲者を悼んで献花した。当時消防団員だった古川隆三郎市長は仁田団地第一公園の追悼碑に花を手向け、「教訓を伝えることを忘れないでいきたい」と取材に語った。被害者の高齢化が進む中、体験や記憶の継承とともに、惨禍の教訓を火山防災にいかに生かすかが問われる。
仁田団地第一公園には警察関係者らも訪れた。古川氏は「犠牲になった方を思い出しながら、自分たちの身の安全を考える1日にしてほしい」と訴えた。
消防団は「島原復興アリーナ」近くにある慰霊碑前に献花台を設置した。当時の避難勧告区域内にあり、報道陣が取材拠点としていた「定点」にも関係者が慰霊に訪問。
大火砕流では、避難勧告区域内で取材を続けた報道陣や同行のタクシー運転手のほか、見回りなどで入域した消防団員や警察官が命を落とした。
昨年は、普賢岳の「ホームドクター」と呼ばれた火山学者の太田一也さんや元島原市長の鐘ケ江管一さんが亡くなった。
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