43人が犠牲となった1991年6月の雲仙・普賢岳(長崎県)の大火砕流は3日、発生から35年。この災害では、報道関係者16人のほか、消防団員、警察官らが亡くなった。政府が設置した有識者会議の報告書は、取材活動の過熱を指摘。当時を知る識者は「知識の有無で危機感に隔たりがあった」と話す。教訓を、南海トラフ巨大地震や富士山噴火など想定される災害に生かすべきだとしている。
「高台の取材拠点は安全と思っていた」。毎日新聞社の西部本社デスクとして前線の拠点で取材を指揮した橋場義之さん(78)は、無念さをにじませる。普賢岳は90年11月、198年ぶりに噴火。91年5月に最初の火砕流が発生した。
同紙の91年6月3日付朝刊は「雲仙の火砕流スピード、“火口回廊”で新幹線並み」との見出しで、火山活動の異常さを伝えた。学者による注意喚起も載せていたが、取材態勢が見直されることはなかった。この日の午後に大火砕流が発生。同社のカメラマンら3人を含む報道関係者16人と、同行のタクシー運転手4人が亡くなった。
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