1.ポイント
・タウタンパク質の異常な蓄積は、アルツハイマー病など認知症の原因となる多くの疾患で神経細胞死を引き起こす。
・ヒトのタウを発現するショウジョウバエでは、脳でATP量が低下する一方、酸化的リン酸化(OXPHOS)活性は亢進し、ミトコンドリア由来活性酸素種(ROS)が増加していた。
・5-ALA/SFCの投与により、酸化ストレスが低減し、タウの過剰リン酸化が抑制され、タウによる神経変性も緩和された。
・5-ALA/SFCはタウ、ミトコンドリア異常、酸化ストレスという負のループを断ち切ることで神経変性を抑制する可能性がある。
2.概要
アルツハイマー病をはじめとする神経変性疾患の多くでは、タウと呼ばれる異常なタンパク質が脳に蓄積し、神経細胞が徐々に失われていきます。しかし、タウがどのようにして神経細胞を傷つけるのか、その詳細な仕組みは十分に解明されていません。
今回、東京都立大学大学院理学研究科生命科学専攻の田村有沙大学院生、野口まりえ大学院生(当時)と安藤香奈絵教授らは、タウがミトコンドリア(注1)の働きを乱すことで、神経細胞死を引き起こすことを報告しました。
ショウジョウバエモデルを用いた解析により、タウは神経細胞のミトコンドリアの電子伝達系を変化させ、活性酸素種(注2)の産生を増加させることを見出しました。さらに、5-アミノレブリン酸塩酸塩(5-ALA)(注3)とクエン酸第一鉄ナトリウム(SFC)の組み合わせ(5-ALA/SFC)の投与によって、タウによる神経細胞死が抑えられることも発見しました。5-ALA/SFC投与は、脳内の酸化ストレスを軽減し、疾患に関連するタウの異常リン酸化を抑制しました。これらより、タウ・ミトコンドリア・酸化ストレスが、神経変性につながる負のループを構成すること、また5-ALA/SFCはこれを断ち切ることによって、神経細胞死を緩和することがわかりました。これらの知見は、アルツハイマー病やタウ関連疾患の予防・治療法開発に役立つと期待されます。
本研究成果は、2026年4月24日付け(日本時間)でMDPIが発行するLife誌「Advances in 5-Aminolevulinic Acid Applications in Medical and Healthcare」に掲載されました。
なお、本研究は、AMEDの課題番号JP24wm0625509 とJP25wm0625509、科研費(基盤B、課題番号24K02860)SBIファーマ、東京都立大学のみやこMIRAIプロジェクトの支援を受けて行われました。
3.研究の背景
神経細胞が正常に働くためには、「ミトコンドリア」と呼ばれる細胞内小器官が重要です。ミトコンドリアは、呼吸鎖複合体が酸化的リン酸化(OXPHOS)(注4)を行うことで、神経細胞が活動するために必要なエネルギー(ATP)(注5)を作り出します。しかし、OXPHOSはATPと同時に有害な活性酸素種(ROS)も産生し、OXPHOSを担うタンパク質複合体に異常があると、ROSの産生が増えてしまいます。ミトコンドリアの機能障害は、アルツハイマー病などの認知症の原因となる神経変性疾患の脳で報告され、発症に関わると考えられます。
こ れらの神経変性疾患の脳では、「タウ」と呼ばれるタンパク質が異常に蓄積しています。タウは微小管結合タンパク質で、通常は決まった構造を取りませんが、疾患脳では過剰にリン酸化を受けて凝集し、蓄積します。タウの蓄積は神経細胞死を引き起こしますが、タウがどのようにして神経細胞を傷つけるのか、またそこにミトコンドリアが関係するのかは、まだ十分に分かっていません(図1)。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202605138969-O3-y3DXu4pc】
そこで本研究では、タウがミトコンドリアに与える影響を、モデル動物としてショウジョウバエを使って調べました。また、細胞の機能の賦活効果が知られている5-アミノレブリン酸塩酸塩(5-ALA-HCl)とクエン酸第一鉄ナトリウム(SFC)の組み合わせ(5-ALA/SFC)について、その投与の効果を検討しました。
4.研究の詳細
まず、ヒトのタウをショウジョウバエの神経細胞または視細胞に発現させ、ミトコンドリアの変化を調べました。脳のATP量を測定すると、タウの発現によりATPが低下することがわかりました。しかし、ミトコンドリアの総量は減少しておらず、呼吸鎖複合体の構成タンパク質の発現はむしろ増加し、複合体IとIVの活性も上昇していました。神経細胞内でミトコンドリアは微小管の上を能動輸送され隅々まで行き渡りますが、タウを発現するショウジョウバエの神経細胞では、神経突起への分布が減少していました。ミトコンドリア内のROSを特異的に検出するレポーターを用いた解析から、神経細胞内でミトコンドリア由来のROSが増加していることがわかりました。
タウを眼に発現させると、視神経細胞死が起こります。しかし、5-ALA/SFCを混ぜた餌で育てたところ、神経細胞死が緩和されました。さらに、5-ALA/SFC投与により、タウの疾患関連部位でのリン酸化が低下していることもわかりました。このショウジョウバエのミトコンドリアを調べると、ATP低下、呼吸鎖複合体の活性、ミトコンドリアの分布は、5-ALA/SFC投与によって改善していませんでした。一方、酸化ストレスは有意に減少していました。
これらの結果から、タウの発現によってミトコンドリアの呼吸鎖複合体の性質が変化し、ROSを産生しやすくなることがわかりました。さらに、5-ALA/SFCは、酸化ストレスを低下させることで、タウによる神経細胞死を緩和することが示唆されました(図2)。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202605138969-O4-2pDTD2sP】
5.研究の意義と波及効果
認知症の原因となる神経変性疾患のリスクは、加齢に伴って増加します。高齢化社会を迎えその患者数は増加し、予防法、治療法が求められています。本研究から、これらの疾患の発症機序の一端が明らかになりました。特に、タウが呼吸鎖複合体の活性を変化させ、ROSの産生を増加させることは重要な発見です。酸化ストレスは、タンパク質、脂質や核酸を酸化することで、細胞を傷害し様々なストレス応答を引き起こします。酸化ストレスによって活性化される酵素の中には、タウのリン酸化を引き起こすものもあります。本研究から、5-ALA/SFCの投与によって、ミトコンドリアの変化の多くは回復しなかったのにも関わらず、酸化ストレス減少、タウリン酸化の減少、神経細胞死の緩和が起きることがわかりました。これらより、タウによる呼吸鎖複合体の変化によってROS産生が増加し、タウのリン酸化が増加することでさらに細胞へのダメージが悪化するという、負のループが明らかになりました。また、5-ALA/SFCは、酸化ストレスを低減することでこのループを断ち切り、神経変性の軽減に寄与することがわかりました。これらの知見は、タウ病変を伴う神経変性疾患に対する予防、治療法の開発に役立つと期待されます。
6.用語解説
(注1)ミトコンドリア:細胞内にある小器官の1つ。細胞内のエネルギー生産工場としてアデノシン三リン酸(ATP)を作ることで知られている。
(注2)活性酸素種(ROS):酸素から産生される反応性の高い分子やイオンの総称。重要な生理機能をもつが、過剰なROSは老化や病気を引き起こす。
(注3)5-アミノレブリン酸(5-ALA):体内のミトコンドリアで作られるアミノ酸。エネルギー代謝に関与するヘムタンパク質の原料となり、加齢に伴い体内の合成能力が低下する。5-ALAは、焼酎粕や赤ワイン等の食品にも含まれる。
(注4)酸化的リン酸化(OXPHOS):ミトコンドリア内にて電子伝達系による酸化反応と、ATP合成によるリン酸化反応が共役することで、ATPを産生する仕組み。
(注5)ATP(アデノシン三リン酸):細胞内のエネルギー通貨。ミトコンドリア電子伝達系とATP合成酵素により作られる。
7.論文情報
掲載誌:Life
タイトル:5-ALA/SFC Mitigates Tau Toxicity via Lowering Oxidative Stress in a Drosophila Model of Tau Toxicity
著者:Arisa Tamura, Marie Noguchi, Naoko Nozawa, Emiko Suzuki, and Kanae Ando
DOI:10.3390/life16050725
URL:https://www.mdpi.com/2075-1729/16/5/725
認知症の原因タンパク質によるミトコンドリアの変化を解明: 神経細胞死を引き起こす負のループを断つには
東京都公立大学法人
5/14 14:00
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