朝日新聞阪神支局に設けられた拝礼所で、小尻知博記者の遺影に向かって手を合わせる人たち=3日午前、兵庫県西宮市

 1987年に朝日新聞阪神支局(兵庫県西宮市)で記者2人が散弾銃で殺傷された事件から3日で39年となった。亡くなった小尻知博記者=当時(29)=の遺影を掲げた拝礼所が支局に設けられ、追悼に訪れた人たちは「自分と異なる考え方に対し暴力で封殺する行為は許せない」と訴えた。

 初めて訪れた西宮市の薬剤師三嶋仁美さん(60)は、年齢を重ねるにつれ事件の大きさを実感すると語り「何十年、何百年たっても忘れてはいけない」と誓った。支局の資料室では、銃弾の痕がある服や当時の取材ノートが公開された。

 当時現場に居合わせた、朝日新聞社ブランド企画部の高山顕治さん(64)は「おかしいことはおかしいと誰でも声を上げられる世の中であってほしいと思う」と話した。

 3日午前には、朝日新聞社の幹部が小尻記者の出身地、広島県呉市を訪れ、墓前で手を合わせた。

 事件は87年5月3日夜に発生。押し入った目出し帽姿の男が銃撃した。報道機関に「赤報隊」を名乗る犯行声明が届き、2002年に未解決のまま公訴時効が成立した。