日光CCをホームコースとする星堯(藤原)が2位に4打差をつけ初優勝を飾った。24歳だった。
初優勝を飾った星のパッティングフォーム=日光CC
県内14カ所のゴルフ場予選を突破した52選手が出場。初日の好コンディションの下、各選手がスコアを伸ばした中でトップに立ったのは2オーバー74の好スコアをマークした星。1打差の2位に郡達蔵(東京)と池頭嘉弘(佐野)と混戦状態となった。30選手が決勝ラウンドに進んだ。
最終ラウンドも日光CCのハンディ5の星が好調を維持。難コースを3オーバー75でまとめるなど、この日もベストスコアをマークして“一人旅”状態となった。149ストロークは大会初の140台となった。「こんな好スコアがでるとは思ってもいなかった。11年のキャリアで経験したこともない。コーチに熱心に指導していただいたのが原動力。ホームコースの日光CCで優勝できて非常にうれしい」とコメントした。
星の優勝を報じた下野新聞紙面(1969年11月9日付)
2位は初日4位につけた池田昭(宇都宮)。決勝は77。2回大会5位、3回大会3位と初優勝に向かって階段を上がっていた。3位には池頭が続いた。
知事盃ゴルフ発足の発起人である竹中十良雄(左から2人目)と池頭嘉弘(同3人目)。左は第4回の覇者・星堯=1971年、日光CC

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