夫が退院予定だった日の朝3時15分、看護師さんから「旦那さんが呼んでます。すぐ来てください」と電話がありました。
駆けつけることができたのは30分後。病室に飛び込んだ私の目に映ったのは、心電図モニターをつけた夫の姿でした。昨日まではつけてなかったのに。
「今日一日は、もたないと思います」
看護師さんはそう言いました。
今日の午後3時に退院予定なのに。もう少しで家に帰れるのに。
「なんで私を呼んだの?」
夫はまだ、意思疎通ができたので訊いてみると、
「苦しい」
そう言いながら、ベッドの上で体をよじらせていました。
入院の際、本人の意思で蘇生措置は希望しないと告げていたので、医師は病室にいません。このまま私が看取るんだと覚悟を決めました。
それからずっと夫の手をさすっていましたが、午前4時43分、心電図モニターからアラーム音が鳴り響きました。心拍数の表示は「0」。
夫は両目を開くと、何かを探すように視線を動かしました。視線の先にいたのは、看護師さん。
「こっちだよ」
私を探しているのかどうかは分かりませんが、そう声をかけると目を閉じてしまいました。
「こっちだってば!」
今度は左目だけが開き、私を見てくれました。そして、そのままで目はもう閉じません。
看護師さんを振り返ると、「先生を呼んできます」と病室を出ていきました。
そうか、死亡宣告なんだ…。でも、夫は最期に私を見てくれた。この世で見た最後のものが私になったのかもしれない。
以前、がんのお父様を看取った知人が、私にこう言ってくれました。
「心臓が止まっても、聴覚はまだ残っているそうです。その時が来たら、ポジティブな言葉をずっとかけてあげてください」
宣告を受けるまでは「死」ではないはず。
私は医師が来るまでずっと声をかけ続けましたが、なんて言っていたのかは思い出せません。
多分、「おつかれさま」「よくがんばったね」。そんな言葉だったと思います。
そして医師が来て、死亡宣告を受けました。4時52分でした。
もう動かない夫を家に連れて帰るとき、わが家のトマトを育てているビニールハウスの隣を通ったのですが、煙が上がっていました。
暖房の重油が燃えていたからなのですが、その煙はトマトたちが夫を悼んでいるような気がしました。
朝焼けの男体山が遠くに見えて、夫に「見て、キレイだよ」と心の中で語りかけました。
思い返してみれば、ビニールハウスの前から男体山を眺めながら、夫はいつも「今日はキレイに見えるね」「冠雪してる」とか言っていました。最後に男体山も、その美しい姿を見せてくれたのかもしれません。
夫の棺には、私が世話をしたトマトを入れることができて、肩の荷が下りました。
それで気が済んだこともあり、トマトは早い段階で栽培を終了しました。実を取った後の茎や葉を燃やした煙が空へ上っていくのを眺めながら「あとは、天国で夫に栽培してもらってね」とつぶやきましたが、果たして夫はあの世でもトマトを栽培しているでしょうか。「やっと楽になれたんだから、もういい」と、棺に入れたお酒でも飲みながら好きに過ごしているかもしれませんね。
年内という余命宣告を受けたあとも、夫の体調次第で宣告の時期が少し動くことがありました。それでも担当医師が言ったのは、
「桜は、見られないと思います」
もうすぐお花見シーズン。夫に桜を見せてあげたいので、遺影を持ってあちらこちらの桜の名所に行くつもりです。

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