2025年11月6日
国⽴極地研究所
岐阜大学
名古屋市科学館
ベリリウム7(⁷Be)が明らかにした南極域の大気の流れ
国立極地研究所の平沢尚彦助教を中心とする研究グループは、2014-17年の夏季に南極観測船「しらせ」や昭和基地及び南極大陸上の地上観測から、主に成層圏で生成される放射性同位元素ベリリウム7(⁷Be)の日単位及び半日単位の高い時間解像度のデータの取得に成功しました。その結果、低気圧・高気圧システムに関連する対流圏界面の折れ込みによって成層圏の大気が周期的に地上付近に輸送されることや、大陸上を吹き降りる風(カタバ風)が成層圏の影響を受けた大気を輸送することを初めて明らかにしました。この成果は南極域の大気循環に伴う物質輸送の基本的な仕組みとして今後に残る知見です。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202511048385-O2-H909JtND】
高層大気中で宇宙線により生成された⁷Beは、低気圧・高気圧システムに関連して発生する対流圏界面の折れ込み現象により地上付近に輸送され、また、南極大陸の斜面を吹き降りるカタバ風に取り込まれて沿岸の地上付近に輸送される。
研究の背景
ベリリウム7(⁷Be)は成層圏や対流圏上層の大気に宇宙から飛来した高エネルギー粒子(宇宙線)が衝突し生成される放射性同位元素です。⁷Beは放射性崩壊でリチウム7(⁷Li)という安定な物質に変わり、この変化により約53.2日で半分の量に減ります(半減期)。このように、⁷Beは生成された後にいつまでも大気中に存在する物質ではありません。また、生成するとすぐに付近のエアロゾルに付着し、エアロゾルとともに大気中を輸送され、降水とともに大気から除去されます。これにより⁷Beの大気中の存在時間は更に短くなります。したがって地上付近の大気から検出される⁷Beは、比較的短期間のうちに成層圏または対流圏上層から輸送されてきた空気に由来すると考えられます。その時期の大気循環を調べることによって、成層圏からどのように輸送されたのかを知ることができます。こうした⁷Beのような物質を大気のトレーサーと呼びます。
地上の⁷Be濃度の観測は世界各地で行われていますが、一般の気象観測に比べると観測の時間間隔が長く、観測点は極めて稀少です。これまでの観測から地上の⁷Be濃度は中緯度で高く、低緯度や高緯度では低くなる傾向が分かっています。その中で南極の沿岸の観測基地では比較的高い濃度が観測されており、その原因は南極上空の成層圏からの下降気流ではないかと推論されてきました。⁷Beを輸送する大気循環は低気圧や高気圧に伴って時々刻々と変化しますが、これまでの南極域における⁷Beの時系列的な観測データは一週間程度の時間間隔で取得されており、このようなデータでは大気循環と⁷Be濃度との明確な関係は分かりませんでした。
研究の内容
大気循環を反映した⁷Be濃度の変化を知るためには少なくとも1日ごとの観測データを取得する必要があります。そこで本研究は⁷Beの捕集フィルタを1日、または半日ごとに交換し、南極地域ではこれまでにない高時間分解能で観測を実施しました。反面、この短い捕集時間ではフィルタ上に捕集される⁷Beの量が少なくなってしまいます。それに加えて南極観測では観測日から国内での分析までに最大80日ほどを要することもあり、その間に放射能が減衰してしまいます。そのため低レベル放射線の検出が可能な設備を構築し、1枚につき8~12時間をかけフィルタの分析を行うことで、本研究の基盤となるこれまでにない高精度のデータを得ました。関連のデータは国立極地研究所学術データベースからデータの説明(Hirasawa et al., 2022)とともに公開されています(Hirasawa, 2022, 2025)。
⁷Be濃度の観測は2014年12月~15年1月、2016年12月~17年1月、2017年12月の3回の夏季に南極観測船「しらせ」の船上(オーストラリアを出航し、南極・昭和基地を経て再びオーストラリアに戻るまでの南大洋上)と、昭和基地及び昭和基地から約20 km離れた大陸氷床上のS17観測拠点で行われました(図1、2)。国内での分析は岐阜大学生命科学総合研究支援センター放射性同位元素実験分野において行われました。
南大洋上で取得した一日ごとの⁷Be濃度は、「しらせ」の位置を通過する低気圧と高気圧の周期に合わせて変化しており(図3)、特に低気圧の通過またはその後で⁷Be濃度が高くなることが明らかになりました(図3b)。図3aは⁷Be濃度の上昇の直前に成層圏や対流圏上層の温位(1000 hPaにおける気温に換算した値のこと)が対流圏下層に広がったことを示していて、これは対流圏の下層に向かう下降気流の存在を意味しています。この現象は対流圏界面の折れ込みとして知られ、低気圧から高気圧へと変わる大気中に形成される暖気と寒気の境目(寒冷前線面)に沿って発生します。この結果は南極沿岸域で⁷Be濃度が高くなる原因の一つが低気圧・高気圧システムに伴う対流圏界面の折れ込みであることを示しています。
南極氷床上のS17観測拠点では半日ごとにフィルタを交換したところ、⁷Be濃度は夜間(21~9時LT)に高く、昼間(9~21時LT)に低い傾向が捉えられました(図4a)。図4bから⁷Be濃度の高い夜間に東風(内陸からの風)が強く、昼間には風が弱くなることが分かります。この夜間の風はカタバ風と呼ばれ、数100 kmもの内陸から大気の最下層を吹き降りてきます。内陸でカタバ風が加速するときに必然的に上空の大気を取り込みますが、内陸の標高は3000mを越え⁷Beの生成域により近いため、取り込まれるのは⁷Be濃度の比較的高い大気です。このようにして⁷Beが沿岸域まで輸送されていると考えられます。この結果は南極氷床表面付近に形成されているカタバ風が成層圏と繋がった大規模な物質輸送に関わっていることを示します。
また、2015年1月と2017年1月の氷床上S17観測拠点の観測によって、地上の⁷Be濃度と成層圏での⁷Be発生量の長期的変化に整合的な関係があることも明らかになりました。
今後の展望
昭和基地ではその後も2020~2022年の3年間に通年の日データ観測を継続しており、これらの新たなデータを加えることで、季節的な特徴や地上の⁷Be濃度と成層圏での発生量に関して、より長期的変化を捉えることが可能です。さらに、⁷Beだけでなく、陸面を起源とするラドン(222Rn、半減期約3.8日)にも着目することで、地表を起源とする大気の長距離輸送や混合過程を詳細に明らかにすることが可能だと考えられます。
地球の大気は時間の経過とともに混合し均質化しますが、どこで・どのように空気が輸送され混ざり合うのかは、いまだ十分に解明されていません。今後も短寿命の放射性同位元素をトレーサーとした詳細な大気観測を継続することで、全球規模での大気混合のメカニズムの解明に貢献し、その結果はたとえば汚染物質の拡散の理解への応用などにも発展していくことが期待されます。
発表論文
掲載誌 :Journal of Geophysical Research: Atmospheres
タイトル :Spatiotemporal Variations in Surface Air 7Be Concentrations in the over Antarctic Regions of the Indian Sector
著者 :平沢 尚彦(国立極地研究所 気水圏グループ 助教)
中村 琢(岐阜大学 教育学部 准教授)
三輪 美代子(岐阜大学 全学技術センター 技師)
小塩 哲朗(名古屋市科学館 学芸課 課長補佐(普及)(学芸員))
山田 恭平(国立極地研究所 気水圏グループ 研究員)
田阪 茂樹(岐阜大学名誉教授)
URL :http://dx.doi.org/10.1029/2024JD043206
DOI :10.1029/2024JD043206
論文公開日: 2025年10月14日
関連文献
Hirasawa, N., T. Nakamura, M. Miwa, K. Aoki, T. Ojio, K. Yamada, and S. Tasaka (2022): ⁷Be concentrations in surface air over the Indian sector of the Southern Ocean and at two Japanese coastal Antarctic stations in the summers of 2014/15, 2016/17, and 2017/18. Polar Data Journal, 6, 17–24. http://doi.org/10.20575/00000036
Hirasawa, N. (2022). Antarctic surface air Beryllium-7 (Period-1:2014-2017) [dataset]. SciDataBase. http://doi.org/10.17592/002. 2022040392
Hirasawa, N. (2025). Antarctic surface air Beryllium-7 (Period-1:2014-2017) supplemental data [dataset]. SciDataBase.
https://doi.org/10.17592/002.2025090416
研究サポート
本研究は、南極観測事業プロジェクト研究(AP09, AP0911)、国立極地研究所プロジェクト研究(KP-302)、情報・システム研究機構データサイエンス共同利用基盤施設・公募型共同研究(003RP2024, 050RP2025)の支援により実施されました。
図
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202511048385-O3-N3p11i09】 【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202511048385-O4-KxhQ3ev8】
図1: (左)南大洋上の「しらせ」船上におけるフィルタ交換地点、及び(右)昭和基地と南極氷床のS17観測拠点の位置。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202511048385-O5-ZU5T0tfs】
図2: 南極氷床上のS17観測拠点。左の建物の屋根に乗っている装置(白丸で示す)はフィルタを通して空気を吸引することによって⁷Beを含む空気中の物質をフィルタに吸着させる。右奥に気象観測設備がある。
(撮影:国立極地研究所 平沢尚彦)
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202511048385-O6-9243cL67】
図3: (a) 温位の高度時間断面。温位は成層圏で高く、対流圏上層、下層に向かって低くなる。赤の二重線は対流圏上層の温位300 Kの位置を示す。温位の変動から上空の空気が周期的に下降していることが分かる。(b) ⁷Be濃度と低気圧(L)、高気圧(H)の出現の時系列。高い濃度は上空の大気の下降、及び低気圧と概ね同期している。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202511048385-O7-QCu1671q】
図4: (a) 南極氷床上のS17観測拠点の⁷Be濃度の12時間間隔の時系列、及び日中(9~21時LT)と夜間(21~9時LT)の平均濃度と標準偏差を左上の枠内に示す。(b) 地上の風速(線)と風向(黒丸)の時系列。夜間(21~9時LT)に灰色の陰を付加する。
ベリリウム7(⁷Be)が明らかにした南極域の⼤気の流れ
国立大学法人東海国立大学機構岐阜大学
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