現在、WTO(世界貿易機関)は農産物の貿易ルールを見直そうという国際交渉を進めています。これが、よく言われる「WTO農業交渉」です。交渉の結果によっては、海外からの農産物の輸入が増え「私たちの周りから国産農産物が消えてしまうことにもなりかねない」という大きな問題を抱えています。にもかかわらず、その内容は断片的にしか伝えられていません。そこで、JAグループはその実態を広く知ってもらうべく組織を挙げてWTO農業交渉全国統一行動を展開しています。今回は県産農産物のPR役「とちぎフレッシュメイト」の入江里佳さんがJA栃木中央会の落合靖専務を訪問。WTO交渉が私たちの生活にどんな影響を与えるのか、分かりやすく説明してもらいました。


WTO農業交渉って?

■ 貿易ルール巡り国々が「綱引き」 ■

 入江 最近、WTO農業交渉に関する報道をよく耳にします。国際機関の会議のようですが、あまり馴染みがありません。まずこの交渉がどのようなものなのか教えてください。

 落合 WTOはスイス・ジュネーブに本部を置く国連の機関の一つです。1995年1月に発足し、約150の国と地域が参加しています。狙いは「国と国の間で行われる様々な貿易の輪を広げ、人々のくらしを豊かにする」ということになっています。いろんな分野がありますが、食料に関する貿易ルールを決める話し合いを「WTO農業交渉」と呼び、2000年3月から始まっています。農業のほかNAMAという非農産品市場アクセス(鉱工業品、林産物)や金融、通信、流通などのサービス分野での話し合いも進んでいます。その最終的な合意期限は今年末です。しかし、農業分野とNAMAでは最終合意のたたき台となるモダリティ(保護削減の基準)の確立期限が今月末に迫っています。

 入江 なるほど。農業分野ではどんなことが話し合われているんですか。

 落合 大まかに言えば関税削減、輸出補助金の撤廃、国内補助金削減の3項目です。これらの削減幅などを巡って輸入国と輸出国が様々な綱引きを展開しているわけです。G10と呼ばれる日本や韓国などの食料輸入国と、EU(欧州連合)、アメリカさらにG20というブラジルなどの輸出途上国という4つの軸を中心に意見の隔たりがあります。日本は食料輸入国の立場から、国土によって左右される生産条件を踏まえ、各国の農家が共存できるよう、一律的な関税の削減に反対の立場を取っています。

 入江 もう少し具体的に教えてください。

 落合 関税を巡ってはその引き下げ幅と対象品目をどう決めるかで激しい対立があります。関税の引き下げでは、アメリカやブラジルなどG20の国々は全ての品目において関税の上限を75%(アメリカ)、100%(G20)と提案しています。これに対し、日本などのG10グループは、上限の設定は受け入れられないと反発しています。一方、その対象品目では関税の削減幅を狭められる、重要品目の数をどのように決めるかでも対立しています(図1参照)。日本などG10グループは重要品目ほど関税を下げないよう主張しています。

国内にどんな影響が

■ 決して高くない日本の関税水準 ■

 入江 なかなか複雑ですね。ところで、実際に関税はどのように機能しているのでしょう。

 落合 米を例に見てみましょう。現在、商社などが輸入しようとすると、その価格は1キロ当たり80円ほど(中国産短粒種の場合)です。これに関税がかかり、1キロ当たり約420円になります。その関税水準は778%といわれています。国産米の値段は1キロ当たり約250円ですから、現行の税率により日本の稲作が守られていると言えます。

 入江 そうすると、上限75%というアメリカ提案は現実離れというか、急進的という印象を受けます。

 落合 そうなんです。今回の交渉は「食料の輸入国と輸出国全ての国にとって、公平な貿易ルールを確立、それぞれの国の農業が共存できるルール作りをする」というのが出発点だったんです。WTO農業協定第20条でも「助成や保護を漸進的に削減する」ことになっています。にもかかわらずアメリカなどの農産物輸出国は、農産物を工業製品と同一に見なし急進的な自由化を進めようとしているのです。

 入江 例えば、アメリカの提案が通ったらどうなるのでしょうか。

 落合 中央会の試算では1キロ当たりの関税額は33円で、実に現在の10分の1になります。輸入価格で考えると1キロ100円程になる計算です。どこの、誰が、どのように栽培したかもはっきりしない米が海を越えて洪水のようになだれ込んでくることになります。

 入江 なんだか不気味ですね。農業や私たちの食生活はどうなりますか。

 落合 稲作農業は壊滅的なダメージを受けるでしょう。その結果、田んぼは荒れ果て、国土保全、潤いや安らぎといった農業の多面的機能が損なわれます。食生活の点では、安全で安心な食料の供給が出来なくなり、食料自給率も現在の40%からさらに低下するとみています。

 入江 「安いものが入ってくるんだからいいのではないか」という人もいますが。

 落合 それはどうでしょう。現在でも栄養不足人口が世界に8億人もいるんです。地球環境の悪化、人口増加などを考えれば食糧不足に拍車がかかるのは必至です。いつまでも現在のように食料を海外から買いあさることはできません。いざというときに国民を飢えさせない。つまり国家として、食料主権を放棄することにもつながるのではないでしょうか。

 入江 とても大変なことになりそうですね。政府はどうあるべきでしょうか。

 落合 現在でも80%を超える人が日本の食糧供給に不安を抱き、90%以上の人が自給率向上を求めています(図2参照)。アメリカなどの輸出国の提案を受け入れることは、不十分な食の供給体制の脆弱(ぜいじゃく)さに拍車をかけ、食に対する国民の不安を増大させることになります。先ほど食料主権といいましたが、政府には毅然(きぜん)とした態度を貫いてほしいものです。

 入江 関税水準は日本が高い印象を受けますが、各国と比べてどうなのでしょう。

 落合 米が778%というと高いと思われるかも知れません。しかし、米は日本人の主食です。また、農業のみならず、様々な形で日本の文化や社会の根幹を支える作物ということで国際的に認められたものです。各国の状況ですが、農林水産省のまとめによると、日本の農産物の平均関税率は12%です。アメリカは6%と低いですが、EUが20%、大幅削減を主張するG20の中心国ブラジルは35・3%、インドに至っては124%というのが実態です。各国とも相応の関税をかけて、自国の農業を守っているわけです。「日本の水準は世界的にも極めて低い」というのが事実なのです。このことはあまり報道されませんが、こうした点をきちんと押さえないと、交渉の全体像を見誤ることになります。

JAの取り組みは

■ 安全な食料の提供に一層努力 ■

 入江 なるほど、大変勉強になりました。ところで、1999年にアメリカのシアトルで開かれた閣僚会議では、アンチ・グローバリゼーションを掲げ、10万人もの人々が集まり大騒ぎになりました。国際的な農家の連携はないんですか。

 落合 WTO農業交渉は、国家間の対立のみが強調されますが、一方では「世界の家族経営農家」対「一部のアグリビジネス多国籍企業」という図式もあります。行き過ぎた自由競争は、経済的強者と弱者の格差を広げます。WTOは、冒頭に申し上げたように国と国の間で貿易の輪を広げることが狙いです。農業が食料主権、国土保全、地域文化の伝承など様々な価値を持っているにもかかわらず、その競争を際限なく広げ、世界市場を1つにしようという思惑があるわけです。これに対して世界の農家は反発しています。アメリカ国内でさえ、その提案内容に異議を唱え「家族経営農家を守れ」と主張する農業団体が出ています。こうした動きはEUをはじめ韓国、カナダなど世界に広がっているのです。

 入江 これからJAはどのような活動を展開していくんでしょうか。

 落合 生産者団体としては、みなさんが安全・安心して食べられる食料の提供に一層、力を入れていきます。また、多様な国の家族農業がこれからも続けられるルール作りには、県民のみなさんの応援が欠かせません。私たちの主張を理解してもらえるよう、情報発信にも力を入れていこうと思っています。

 入江 私たちの生活にも降りかかってくる身近な問題なんですね。交渉の行方に注目していこうと思います。本日はお忙しい中、どうもありがとうございました。

 [写真説明]JA栃木中央会専務 落合靖(おちあい・やすし)氏=写真左、聞き手のとちぎフレッシュメイト・入江里佳(いりえ・りか)さん=同右

 入り江さんのプロフィール 那須烏山市出身。とちぎ農産物マーケティング協会の第4代「とちぎフレッシュメイト」。「食で広がる笑顔の輪がうれしい」と、2200万人が訪れた愛・地球博をはじめタイなども訪問。国内外で栃木のおいしさをPR。